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新しい教育制度、複合単位制、(前編)

    どうもこんにちは


  このごろは、寒いなと思っているといきなり夜中に暖かくなったりして、一体どうすりゃいいんだ?、と思う事が最近は時々ありますが、急に暖かくなったり、寒くなったりすると困ります、やっぱり異常気象なんでしょうか。 さて、異常気象は私にはどうにもてきないので、それは置いといて、今日はおとといの続きで、少子化問題について書こうと思っているのですが、タイトルが新しい教育制度、複合単位制、となっているので分かりづらいかもしれませんが、私としてはやはり、少子化は教育に問題があるのではないか?、と思い、教育制度としてこういう方法はどうだろうかと考えた方法があるので、それを書いてみようかと思います。


  新しい教育制度、複合単位制、というタイトルですが、私は教育制度で問題があるなあと感じるのが、やっぱり受験とか、そういう無駄なところというかな、歪んだ所を直すべきではないかと思うのです、やはり受験といえば、高校大学ですね、そのあたりを変えて、別の形にするべきではないかと思います。 また、根本的な問題として、大学とは何か、高校とは何か、ということを日本人はまったくといって考えてない、表面的には考えているのですけど、もうちょっと深く考えないといけない、ただ良いのだ、正しいのだというだけでは、人を惑わすだけで、人のために役に立たない、意味のあるかたちを持ってこそ、人の為になるわけで、そのためには根本的意味から、それがなんであるかを考えねばならない。


  根本的に考えて、高校や大学はどうであるか?、とまあ考えてみると、高校の場合、大学の前座というような役割が強く、単独での意味があまりない、が、高校を挟む事により、高校、大学と二回の受験があるので、高校の存在意味が希薄、高校の独自性を出したいとしても、二つの受験に挟まれているので、自由度が低く、高校だけで考えてみるとあまり意味の無いもののように見える。 大学の場合は、そもそも大学とはエリート教育の制度であり、誰もが行くような制度ではない、そういう制度のまま、多くの人が行くようになり、ある種の制度破綻が発生している、もし多くの人が行くのなら、大学制度を廃止し、少数のエリート用の制度ではなく、多数が学べる制度に変えねばならないのだが、大学側は権威を利用し、権力の拡張を図っただけだったので、表層的な権威だけで動く、中身のない制度になった。


  まあ、私もすべてを知っているわけではないので、大体こんな感じだと思っているのですが、もちろんそうでない所もあるでしょう、しかし、多くは何らかの形でこういう意味を含んだまま、現状でも存続し続けていると思います。 根本としてあるのは、教育とは何か?、ということを日本人は何も考えてきていなかった事、大学なら良い、高校なら良いと、なにかが良いとしか考えてなかった、物事というものは流動性があり、状況にあわせて変えねばならないという事、例えば、大学ならむやみやたらと拡張するのではなく、制度自体を変えるべきだった、高校なら、高校の独自性を出すため、受験制度等を変えるべきだった、例えばアメリカの制度とかなら、もう少しましじゃないかなともおもいます、日本の制度は、受験産業のために、若い人の人生を無駄にしているだけだと思います、一昨日書いたように、人間が生きるのが目的ではなく、生きてる人間をどう商業的に利用するか?、という今の日本人の考え方なわけですね、受験も。


  それで、そのために考えたのが、複合単位制というもので、まあ、ちょっと考えた程度なんですが、私の考えでは、まず、高校と大学を廃止する、それで、通信を軸とした制度に変える、このあたりでもう軋みが出ているように感じますが、しかし、これくらいやらないといけないような気がします、やはり、多くの人が受ける教育で、高度なレベルになった場合、幅を広げない限り不可なんですね、つまり、人の人生と同じで、ある以上はどんどん枝分かれするので、大学のようなある範囲の専門家を育てるような制度では、根本的間違い、高校も同じでしょう、大学の前座のようなものですから、多くの人となると、それは学問を目的にというだけは成り立たない、そうではなく、人生においての意味という、学問では無く、生きている人間にとってどうであるかという逆方向の流れになる、つまり、教える事が人のためでなければならないという話になる。


  制度としては、複合単位、つまり、単位を軸にして組み立てる、個人的には、プログラムでいう木構造というものはどうだろうかと考えています、木構造というのは、木の根っこのようにデータを配置したりするような感じで、
                    A
                  |   |
                 B1   B2
              |   |   |   |
             C11 C12 C21 C22 

  こんな感じです、ちと変な図ですが、これは二分木といって、二つに分かれるものすね、他にももっとたくさんに分かれるものもあるようですが、まあ、そういうものを使って、その上の図なら、B1とか、C11とかを単位の一つにして、それを積み上げる、単位の一つ一つは、バラバラで別に規定は無いのですが、これを学ぶにはこれが必要という単位が指定してあって、そうやって単位を積み上げていくが、こうしなさいというパッケージ的なところはないというかな、その人なりの単位の山を築いてもらおうと。


  教育に権威はいらんでしょう、中身があればいいし、少なくとも多くの人が学ぶ時点で、権威を捨てる必要がる、そうしないと流動性がなく多くの人に意味のある制度にはならない、そこを変えないといけないという事で。
   
  どうもちょっと長く書いたので、疲れてしまいました、ほんとは今日で終わらせる予定でしたが、あまりに長い話なので、今日は前編として、また後日続きを書きたいと思います、例えば、この制度にしたら、学問の探求はどうなる?、とかそういう事でも、次回にでも書こうと思います、しかし思ったより長いですねえ、頭の中ってけっこう広いっていうか、書くと長いですね、私の頭の中には全部はいっているのに、こんな大きな内容だったのですね、ちょっと今日は失敗したような気がします、こんな長いとは思いませんでした。




//これは昔書いた複合単位制というものですね、日本の教育は画一かつ分裂しすぎていて、それぞれのカテゴリーの派閥のような意味を持ち、純粋な教育という意味が薄い、

 それを変えるためには権威の源である受験を廃止し、教育を誰でも受けるようにしつつ、教育の本質的意味を模索すべきであるという意見ですが、今でも正しいといえる話だと思います、

 ただ現状で出来ていないという事は、これは理想であって現実ではなく、この方向性を求めるべきではあるけど、どこかで妥協をしなければならない意味もあるのかもしれません、

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