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反菅の流れと手詰まりの時代と原発論について、

    どもこんにちは、



  今日も書いてみましょうかね、なんだか色々起きているようなので、


  それでまずは、昨日も書いたけど小沢氏と前原氏と渡部という殺人鬼が合同で誕生会を開いたらしいね、

  殺人鬼という言い方はどうかと思ったのだけど、まあそうだからね、嘘をついてもしかたないので渡部の殺人鬼と呼ばせてもらうが、



  まあ私はそれだけの集まりかと思っていたのだけど、原口氏とか鳩山氏も独自の動きをしているようで、全体として反菅の流れを作ろうということのようです、


  これがどうなるかが一つの起点になるけど、その誕生会に来た菅のスパイのやつによると、菅の連中の判断はいざとなったら解散総選挙で圧力をかけようとしているようです、



  まるで詐欺師の小泉であるが、解散総選挙や党の私物化による圧力とパフォーマンス、まんま同じだね、

  最近の菅のアホの新エネルギー政策も、パフォーマンスばかりでやる気はないだろうから、そこら辺を国民も見放しているので、菅の最終兵器は解散のみかな、


  党内規約を変えたり、党員停止とかそういう党の制度を使う手もあるが、私党のような形を持てば持つほど社会的反発や、党内の反発を受けるのでカリスマの全くない菅では無理だろう、



  となるとやはり菅の手は解散くらいしかないのかな、

  しかし解散をすれば菅も落ちるし、菅派の殆ど全員が落選する、そうしてまでするというのは不思議だな、

  詐欺師小泉の場合は、あいつはペテン師だったが騙すのがうまかったことと、自民党の信頼もまだあったので、インチキやペテンをうまくやればまだ選挙で勝つ余地もあったのだが、



  今の民主党にその余裕はないだろう、解散をすればほぼ全滅をして消滅する、
 
  しかしその菅の手先が解散を強調するということは、そういう考えはあるようだから注意せねばならないか、


  馬鹿が権力を握るとどうなるかというサンプル何例目かだが、今回の場合は自分のデメリットさえ計算できないやつが来たね、真性の馬鹿はある種の事実であるというが、馬鹿は馬鹿で怖いものですね、



  次に、ちょっと抽象的ですが、今の世の中で起きていることでも書いてみましょうか、

  実は今の社会というものは昔起きた事をもう一回やっているところがあるらしく、

  今の世の中は大体大正のあたりに近いらしい、


  大正時代というと戦争前の短い時代で、あまりあれこれ言われないですが、実は今の日本の状態と似ていたらしく、ある種の末期状態だったらしいです、


  何が起きていたかというと、画一主義、過剰な中央集権と、官僚の肥大化、それに対して国民が運動をして分散型の政治、公平な社会というものを目指していて、それが大正デモクラシーみたいなものとして運動が起きていたのだが、



  それが挫折したらしいのね、それで政治に絶望してそれが過剰な官僚主義から軍国主義に走ったらしい、

  つまりは、戦前の軍国主義というものは、官僚主義の手詰まり、そして近代化による偏りの修正ができなかったことによる崩壊という意味が強く、

  軍部というものが表面に出てはいたのだけど、社会的手詰まりが軍の暴走を生んでいたというのがあるらしい、



  それは今と一緒ですよね、よく閉塞菅がある、もしくは社会変化を起こそうとしても無理ではないかと思うようなことが多い、

  それは大正の頃も同じだったらしく、その閉塞感や挫折感がひっくり返って感情的な暴走である、暴力行為に走ったというところもあると思う、



  今もそうですよね、妙な事件があったり、もしくは小泉政権の新自由主義も、ある種の感情的な暴力行為であり、

  戦前が軍事を主体とした国だったから軍事暴力に走ったように、戦後が企業を主体にした国だったので経済暴走に走ったような、そういう似たところが傾向としてあると思う、



  だから国民としては、非常に難しいわけですね、例えば今の菅のアホはどう見てもだめだ、それを変えるのもどうすればいいのか分からない、

  しかしそこをあきらめると戦前と同じになってしまう、



  なのでそうではなく、今回は歴史を変えないといけない、戦前を見るに根本にある原因は過剰な官僚主義であると思う、

  官僚や官僚的な生き方を正しいと考えて、それが現実的でなかったのに肯定し続けたので、非現実的なわけの分からないところへ行った訳で、単純に言えば官僚や官僚的な生き方を否定すれば、問題は解決すると思う、



  官僚主義とは、組織主義、画一主義、権力の集約、人生の固定化、等々ある種の調和的安定化策は、その殆どが国家の手詰まりを生み、結果極端な暴走権力を生むことになる、


  であるから逆に、今の日本は調和的安定を否定しないといけないのだと思う、それは小さな爆発のようなもにはなるが、福島原発や戦前のような大きな爆発にはならない、


  社会は爆発する、この世は破壊と想像の繰り返しだから、どこかで爆発のようなことが起きないと社会は成立しない、

  安定は返って危険だということで、おとなしく生きているほうが全体としてのリスクは大きくなるということ、


  そのギャップをどう解消するかというのはあると思いますけどね、今の状況で言えば問題があるならば問題があるといったほうがいい、

  それは小さな爆発にはなるけど、それによって大きな問題は回避できる可能性があるのだから、言うべきはいったほうがいいと思うね、


  もちろん言えばあれこれあるから、言い方や表し方、行動の仕方を考えなければならないけど、しかし待っていると危ないというのはあると思う、


  原発だって政府のことを信じて待っていたらだめでしょ?、今の世の中はすべてそうなんですね、

  だから転換をしないといけないわけで、それをあきらめてしまうのは今はまずいのだけど、状況的に言うとかなり厳しくなってきていますね、、



  後は、ちょっとだけ原発の話でも書いてみましょうか、

  最近話として出てきているのは、菅のやつが水を入れた入れないといっているね、


  まあ水掛け論というやつですか、ほんとの水をかけていますけど、どっちが正しいとか正しくないだの、言い合いをしているようだが根本的に違うような気がしますね、



  根本的にいえるのは、まず地震で原子炉が破損していた可能性が高く、その話にでている1号炉も地震直後の圧力の乱高下を見るに、水を入れなくても入れなくても変わらなかった可能性が高い、


  そして例え1号炉が一時的にどうなっても、いずれ爆発をしていただろう、だって他の炉は爆発したのだから、遅かれ早かれの差だったのではないか、


  そうでなく本質的問題をしては、やはり住民の退避の問題が大きいわけで、原子炉が爆発したとしても住民が逃げていれば別に問題ではないのだから、被爆さえしなければ原子炉の問題はどうでもいいのだし、本質的な判断がずれていると思う、



  ここら辺が原子力村の理論なんだろうな、原子炉がどうだということしか考えていないから、原子炉がどうなったという観点でしか人を問い詰めれない、

  本質的な問題は被爆がどうしたかなのだから、原子炉がどうなろうが大した事ではない、


  なぜなら例え1号炉が爆発しなくても、他が爆発しているのだし、大差のある話でもなかろう、



  ただこういう論がまかり通る点は注意というか、疑問を感じる、
 
  結局政府の論では、与野党含め国民の被害という視点がなさ過ぎるということ、こういう論を言う人間の集まりでは今の原発の問題は解決できないだろう、


  原発の最大の問題は被爆である、原子炉がどうなるかは瑣末な問題に過ぎない、国民が被爆さえしなければ後はどうでもいいのである、


  それが国家運営であるはずが、どういうわけか日本では原子力村の意見ばかりが通って、国民の意見が通らない、

  そのギャップが異常だなあと思いますね、さて我々はなんに税金を払っていたのか、何のために生きてきたのか、もしかして奴隷だったのではという気がします、、






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