03 月<< 2020年04 月  123456789101112131415161718192021222324252627282930  >>05 月
 

社会性という幻想、

    どうもこんにちは、



  今日は暖かいような気もしますけど、最近は昼暑くて夜さむいということが良くあるので、下手に暖かいと警戒心が湧きます、



  それで、何か新しいことが起きていますかね、、そうですね、まずは尖閣諸島の話でも書いてみましょうか、


  聞いたところでは、海上保安庁の誰かがやったと言い出したらしいが、実はそれは私も想定はしていたんですね、

  私はこの問題の犯人は検察だと見ているんですよ、マスコミは海上保安庁だと最初からいっているから、返って検察なんじゃないかというのが私の読みなのだけど、



  大体何も分かっていないのに、最初から海上保安庁だといっているのはおかしいわけで、そのあたりの責任転嫁のやり方からして、検察が怪しいなとは思っていました、


  ただし犯人は海上保安庁になるだろうなとも思っていて、

  いわゆるスケーブゴート的な人が海上保安庁から出てきて、それで隠蔽するのがマスコミの戦略じゃないかと思っていたんですが、


  ひとまずはスケープゴート的な人が出て、幕引きを計りたいというところだろうか、

  情報操作が起きるときというのは、何らかの信号みたいなものがあって、今回は海上保安庁が実は検察に早い段階で資料を出していたこと、それが検察との意見の食い違いを生んでいること、多分これがスイッチになったのだと思う、



  反応が敏感すぎるんですよね、この問題は、

  最初も小沢氏がニコニコ動画に出たことに対する反発というのがあって、その次の日には情報が出ていた、

  情報的なイニシアチブを潰すということをしている、今回も海上保安庁が警察に告発し、しかも検察の言っていることの矛盾が出てきて、検察自身が捜査対象になったとたん、犯人が出てくる、



  都合が良すぎるんですよね、特に検察にとって、

  検察の証拠に対する保管の体制は、村木氏の事を見ても分かるように、ずさんで適当であるのだから、当事者が調べるのではなく、第三者が調べなければ分からないものなのに、当事者の調査以上のことはしていない、


  そのレベルで言えば海上保安庁だって、同じようなことをしているのだから、海上保安庁を調べるのならば、検察も調べなければならないはずがそうはしていない、


  今回の話は単純にいえば海上保安庁がというネタになるのだろうが、にしてはタイミングとか全体の計画性に不自然さがある、

  私は最初から海上保安庁をスケープゴートにして、検察のあたりを不鮮明にして茶を濁すのではないかと思っていたが、図式的にはそのままになっている、



  マスコミは最初から海上保安庁がとはいっていたが、検察がとはいっていなかった、

  また検察の内部的調査では問題の解決にならないことも指摘していない、 

  最初から海上保安庁を犯人に仕立て上げる計画があったようには見える、


  正直検察も等しく疑って、という始まりならばたとえ結果がどうであろうと、それを否定はしないのだけど、

  この奇妙な最初から海上保安庁が犯人であるといっていたマスコミの決め付けは、どうしても不自然さを感じますね、



  次は、何かあるかな、今日は珍しくあまりネタがないのだけど、う?ん、そうですねでは検察審査会の話でも書いてみましょうか、


  検察審査会といえば疑惑の宝庫、詐欺の殿堂みたいなところですけど、その詐欺団体の検察審査会での人選について新たな疑惑が起きたようです、



  検察審査会というのは、一般の人を選んで審査員になってもらって、その人が検察が告訴しなかったものを告訴するか決めるというものなのですけど、


  選定から何からデタラメであるので、それをとある議員が調査に行ったらしい、

  そこで見たのは、ランダムに調査員を選ぶプログラムで、それが疑惑だらけだったらしい、



  そのプログラムでは、ランダムに人を選ぶといいつつも、条件を設定すれば対象を絞ることも出来るし、

  また、その対象の選定はまったく記録に残らないので、どのような対象にするかを勝手に選ぶことが出来るようになっていらしい、


  他でも、どのような分母、つまりはランダムで選ぶ対象の範囲を指しているのか分からないようになっていて、つまりどのようなデータを対象にランダムに選んでいるのかが、分からないようになっていたようだ、


  まとめると、まず対象の分母からランダムに11人を選ぶという、その前提の分母にあたるものがまったく分からないようになっていて、つまりどのような対象から選んだのかがまったく分からないようになっていたらしい、


  そして、選んだとしてもその条件をつけることができ、またその条件指定した事がまったく分からないようになっていて、意図的に特定の人を選んでもそれが見つからないようになっていた、


  まあだから、どのような対象、これは特定の誰かという意味ではなく、どのようなデータ集を調べているのかも分からない制度で、しかもランダムに出すといいながら、それを意図的に絞り込むことができ、しかもそれがログとして残らないので、いくらでもできるようになっていた、


  ついでに言えばそんなシステムの費用が、二年間で5?6千万もかかっているらしく、個人的にはこれが口止め料にも見えなくもないのだけど、ともかく問題の多い制度ではあるようです、



  小沢氏の検察審査会の二度目の議決では、一回目と二回目の審査員の年齢がまったく同じであるという、異常なことが起きているので、

  そこから考えられるのは、このプログラムで選ぶ対象を最初から意図的なデータに摩り替えておいて、
しかもそれを絞り込んで同一人物が二度選ばれるようにしていたのではないかと思う、


  まあこれは想像ですけど、しかし制度的には出来るので、こうじゃないかもしれませんが、このランダムで選ぶというところで何か不正をしていた可能性はあると思います、





  さて、それはいいとして今日は、社会性という幻想、ということでも書いてみようかと、

  奇妙なタイトルですが、なんとなく思うのですけど、日本において社会性といわれるものは殆ど社会性とは関係ないのではないか、どうもそんな気がするのです、


  なんというか、日本においては社会性というものは幻想なのではないか、と思ったので書いてみると、



  それで社会性という幻想ということで、こう思うのは私の生きてきた人生のせいかもしれないのだけど、
  昔バブルのころがあって、そのころは企業が絶対でそれ以外の人生はないといわれていた、


  しかも、その企業というものが非常に官僚的で、努力をしても意味がなく、全ては形式によって永遠に続くといわれていた、


  今から思えばパロディにしか思えない話なのだけど、当時はみんなそうだったんですよね、どこもかしこも、

  
  だから私はいつものそのあたりが引っかかっているんです、本当に社会なんてものがあるのか、そして社会性などというものは存在するのか?、その点に疑問を持っています、



  これは前に書いた話なのですけど、マスコミは宗教に過ぎず、マスコミは事実をいうけどそれを信じると、変な世界に連れて行かれるというところがあって、


  そういうことを考えると、日本における社会性というものは、全てマスコミの作った幻想で、そんなものはどこにも存在しないのではないかという気がする、


  今でも人の生き方はある、しかしそれを人々が考えて生み出したようには見えない、誰かにそうしろといわれて動いているように見える、


  昔の世界だと、社会というのが色濃くあって、それに対してマスコミが影響を与えても、社会の表面で何かが動くくらいの意味しかなかった、


  それが社会そのものが崩壊し、社会のない上にマスコミの擬似社会が生まれて、社会性という幻想に振り回されることが日本では多くなったように思える、



  人間は社会とかそういうものに愛着があるから、社会だ社会性だというと納得してしまうけど、

  そういう動物的反応を利用して、マスコミはずうっと国民を騙していたのではないかと思う、


  人間にある純粋な社会への欲求、そしてそれが社会性の崩壊によって満たされなくなったことを利用して、擬似的な社会性を描き人々を騙しているように思える、


  そういう例はたくさんあって、例えば世論調査もそうですよね、あれも擬似的な社会性をあおって、何かが実態としてあるように見せつつ、その実は見えないようにしている、


  流行とかもそうで、あれも社会性をあおっているが、別にそういう実体があるわけではない、

  人の生き方にしても、いい大学に入って社会人にとはいうけど、それが本当に正しいかどうかは、実は分からない、


  マスコミはいろいろなもののストーリーを作って、それが社会であるという社会性の演出をするが、その実態は別にあるわけではない、


  昔は日本にも社会があって、それをメディアが表していたという面もあった、

  それが社会がなくなったことによって、ありもしない社会をメディアが虚像として映すようになり、人々は状況の判断が出来なくなっている、



  昔だって、会社が絶対正しいだの、会社が完全に官僚的なもので、それが永遠に続くなどといわなければ良かった、 

  もしそういわなければ人々は自分で判断をし、新しい道を作っただろう、


  それが出来ないから日本はずうっと道に迷っているわけで、日本を路頭に迷わせている全責任はマスコミにある、


  だからマスコミを潰してこの世から抹殺せねばならない、マスコミの作る社会性という幻想を打ち払い、真に社会といえるものを、より深く時間をかけて考える必要性が、今は起きていると思います、






    それでは、今は週一回ですので次回は来週の水曜日になります、では次回まで、






私は無実です 検察と闘った厚労省官僚村木厚子の445日
今西憲之,週刊朝日取材班
朝日新聞出版

このアイテムの詳細を見る



冤罪法廷 特捜検察の落日
魚住 昭
講談社

このアイテムの詳細を見る





特捜神話の終焉
郷原 信郎
飛鳥新社

このアイテムの詳細を見る





闇権力の執行人 (講談社プラスアルファ文庫)
鈴木 宗男
講談社

このアイテムの詳細を見る






関連記事




  • このエントリーのカテゴリ : 未分類

コメント



 編集・削除ができます。
 管理者にだけ表示を許可する
 
 

文字を大きく・小さく

     

    プロフィール

    ryuuguunotukai2

    Author:ryuuguunotukai2
    政治などの記事を書いています、少しでもいい世の中になればと思いつつ全然ならないですね、まったく。

     

    カレンダー


     

    黒ねこ時計 くろック E01

     

    最新の記事(全記事表示付き) *frame*

     

    検索フォーム

     

    カテゴリーメニュー

     

    月別アーカイブ(タブ)

     

    全記事表示リンク

     

    天気予報


    -天気予報コム- -FC2-
     
     

    アマゾンの本、

     

    PR

     

    PR

     

    PR

     

    PR

     

    里親探し

     

    PR

     
     
     

    本の紹介、

     

    楽天のお菓子、

     

    お茶とコーヒー、

     

    PR