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社会を忘れた日本人、

    どうもこんにちは、



  やっぱり夏は暑いですねえ、なんとなく7月のほうが暑かったような気がしますが、最近は異常気象で気候がブーストされますから、雨がすごい雨になったり暑さがすごい暑さになったりするので、今年の冬も何か来るかもしれません、



  さてと、何か話題はありましたかね、、最近はなんだか政治の話が判りづらくなっているので書きづらくなっていますが、ひとまずは国家戦略局のことでも書いてみますか、



  菅政権は国家戦略局を廃止し、財務省主導の予算編成にしようとしていた、

  実際仙谷のアホは、予算は財務省が立てるのが正しく、それ以外がやるのはおかしいと言っていたから、こいつの頭の中では政治家が予算編成に関わりあうのは異常なことになっているのだろう、


  しかし、今の日本がおかしいのは金の使い道の問題で、日本の衰退を招いた原因は無意味に税金をドブに捨て、多くの財産を意味もなく失ったからであり、それに対する是正をしなければならない、


  そのためには税金をドブに捨てていた官僚主導の予算編成から、政治主導の予算編成に変える必要があり、そのための国家戦略局だったのですが、


  それが菅氏、というよりは菅氏の周りにいる財務教信者の手によって潰されたわけで、日本の国のあり方が大きく後退してしまったわけだけど、


  それを「みんなゴキ党」の連中が、国家戦略局が必要だといって、それに対して財務教信者の仙谷にあたりが、それなら局に格上げしようといっているけれども、


  これも結局は「みんなのゴキ党」との連立のための動きであって、国家戦略局自体はどうでもいい風にいっているし、菅氏の周りは馬鹿ばかりで国家戦略局がなぜいるのかが分かっていないのだろう、



  官僚組織の肥大と税の使われ方の問題は一致していて、日本の戦後を見ても官僚組織か国の全体に組織を伸ばし、国家全体が官僚組織のようなものになってきてから、税金の使われ方が利権的になってきた、


  必要であるものではなく、利害や前例があるものに使われることが多くなり、予算の硬直化や予算が特定の利害のために使われるようになっていった、


  そしてそれを続けていった結果、国の借金は増大し、国民は貧しくなり、国全体の彼方此方で問題が起こるようになった、


  日本の場合すべての問題は税金の使い方の問題であって、それは過剰な官僚機構による無駄な税金の使われ方に問題があるのだから、


  税金を使うという点に関しては、官僚の排除と官僚の縮小がどうしてもいる、


  そのための国家戦略局なのだから、これがなければ民主党政権は成立しないだろう、官僚の依存したままで税のあり方や、税の使い方を考えたところで意味を持つことはない、



  日本の官僚制は中国の官僚制と模しているので、官僚機構による国家支配という形が強く、悪く言えば官僚機構の限界点が、国家崩壊の最終局面になることが多く、今の日本で起きている状態はそういうものである、


  国の借金にしろ、官僚機構がここまで強くなければここまでなることはなかっただろう、

  官僚は無責任が服を着ているようなものだから、国の借金がいくら増えようと止めることがなく、またそれを修正する気もない、


  だから日本のような中国的な官僚制を布いている国では、必ず周期的崩壊が起こりそれが今のポイントなんですけどね、



  そう考えると菅政権はちょっと危ないかもしれませんね、菅氏は自分の行為は歴史が証明するとはいっているけど、このまま行くといい風には捉えられてくれなくなるようには思います、




  次に、菅氏が言う歴史が自分の行為を証明してくれる、と言った事でも書いてみますか、 



  この菅氏のいっていることはたぶん消費税のことをいっているのだろうけど、残念ながらそうはならないだろう、

  何故かというと、前も書いたけど今の日本の問題を解決するためには、大胆な転換が必要であって、正直今までの論である消費税論をいったところで殆ど意味はない、


  財務省はプライマリーバランスの黒字化をして、経済成長をすれば財政再建が出来るといっているが、それは私の見たところ殆ど不可能であるし、

  
  菅氏がそれを信じて歴史が自分を証明してくれると考えているのであれば、残念ながら財務省に騙された哀れな首相としてしか評価されないだろう、


  そもそも財政再建というものは昔からやっているものであって、特に小泉政権ではこれでもかとやっていたのに、まったく何の意味がなかった、


  小泉政権は財務省の手先だったわけだから、それはつまり財務省の財政再建論は、破綻した論であって現実的な意味がないことを表している、


  であるからもし財政再建をするのならば、財務省を超えた論や考え方が必要であって、それがなければ財政再建にはならない、



  不思議といえば不思議なのだけど、日本の政治では官僚しかなく、官僚は馬鹿の一つ覚えのように繰り返ししか出来ないので、日本という国は一回間違うを永遠に間違いを繰り返すようになっていてる、


  この財政再建論にしても、財務省の考えは間違っているのに、それを何度も何度も繰り返そうとする、

  うまくいっていることを繰り返すのはメリットだが、うまくいかないことを繰り返すのはデメリットである、


  そんな単純なことが、実は日本ではまったく出来ない、



  戦前の軍部も意味不明な作戦を繰り返していたが、あれも官僚の前例主義が原因で、同じ事を繰り返して人が死にまくっていたのは、うまく行かないことを繰り返すのはデメリットであるということを、当時の軍事官僚が理解できなかったからである、


  それが歴史を繰り返すようにまた起きているわけだけど、菅氏の判断の間違っているのは、まず官僚制は悪循環を自分では断ち切れないので、それを政治家が断ち切らないといけないのに、それに対して気づいていないこと、


  消費税にしても、小泉政権であれだけいわれていたのに何の役にも立たなかったのだから、財務省が消費税にこだわっていることは、悪循環であって別の方法が必要であると気づくべきなのだが、それが出来ていない、




  官僚制は悪循環に入ると非常に怖いものになる、

  今の日本の衰退も、社会の悪化もすべては官僚が悪循環に入ったことに原因があり、その問題を断ち切るために政権交代をしたのだが、


  ここで妥協をするようでは弱い、菅氏はよほど自らの考えを変えない限りは、残念ながら歴史に悪名を残す可能性が高いといわざる得ないですね、





  さて、それはいいとして今日は、社会を忘れた日本人、ということでも書いてみようかと、


  これも前回書いたことと似ていて、日本の社会性のなさみたいな話なのですけど、私個人、日本に社会ってあるのかなあという素朴な疑問がありまして、


  私の見たところないんですよね、まあまったくというわけではないのですが、社会といえるほどのものはないなと思うので、そんなことについてでも書いてみようと思っているのですが、



  それで社会を忘れた日本人ということで、これは近代と中性の違いというものと関わってくるのだけど、


  中世というものは人間の自然発生的な世界で、意図的に捻じ曲げるというよりは、人間の存在から生まれてくるものは何であるか?、そういうものを目指していたように思うのですけど、


  それに対し近代とは、人間の人工的な矯正によって何処まで社会は変化するか?、どうもそんなものを目指しているように思う、



  だから客観的に見れば中世のほうが正しいといえば正しいのだけど、今の日本は近代化をしてしまいましたから、

  今の日本では人工的矯正というのが主で、自然に発生することや、自然にあるべき人の意味というものはその殆どを否定している、


  そしてそういう形では、社会というものは成立せず、多分だけど今の日本には社会そのものが存在していないと思う、


  経済や企業はあるけど、それは矯正された人工物であるから、社会とは関係ないし、

  社会のような自然発生的な世界がどこかにあるかと考えてみると、田舎とかにはあるかもしれないけど、今じゃ田舎も過疎っているから、トータルで見て日本からは社会が消滅したと考えた方がいいと思う、


  そして社会のない日本では、モデルとすべき社会像がないので、社会が何であるかということを根本的に考えることができず、

  社会のかわりに経済や企業のことを考えて、それが社会のかわりになるのではないかと、代用品を求める衝動を強く持っている、


  だから日本では会社で働くと社会人といい、社会ではない社会のラベルのようなもの、値札のようなものを探す傾向がある、


  むろん経済や企業が社会でないとはいわないが、そういうものが社会であるとはいえないと思う、


  何度も言うけど、社会というものは自然発生的なものでなければならず、人間を肯定的に考え、人間を中心に世界を作るものでなければならないが、


  経済や企業の中心は人ではないので、やはり経済や企業を社会と考えるのは無理があると思う、



  そしてこういう状況に日本があるのならば、日本人と社会の関係にはどのような問題が起こるか、それを考えてみると、


  今の日本人にとって社会とは、モデルになるようなものがなく、何をもって社会であるかといわれると、厳密には理解できないものになっていると思う、


  漠然と考えることはできるだろう、しかし社会とは何であるかと考えていくと、日本にはそんなものはないという結論になってしまう、


  擬似社会のようなものは確かにたくさんある、しかしストレートにこれが社会であるというようなものは、もう日本には殆ど存在していない、


  だから日本人にとっての社会とは、夢幻というか、現実味のない想像の中の世界になっていると思う、


  日本にあるのは経済と企業だけで、それ以外は存在しない、

  戦後があまりに企業重視をしすぎたため、結果的に日本では企業以外が存在しない社会になった、


  まあ別に企業や経済が悪いわけではないけど、社会性のまったくない世の中というものでは、人が生きていくのは多分無理だと思うから、


  日本人はどこかで社会というものを、意図的に再構築する必要性とぶつかると思う、

  社会がないとできないこと、社会がないと成立しないことが増えてきて、日本は社会性によってつぶれていくのではないかと思う、


  企業や経済は、社会の一部を取り出して先鋭化したただの手段に過ぎない、それは鋭く強いがそれ自体に意味があるわけではない、


  本来であれば経済も企業も、社会が扱うべき道具であるべきで、経済や企業を社会に見立てる今の日本の考え方は、何か本質を見誤っているようには感じる、


  経済や企業が社会に影響を与えて、社会が良くなって人々が幸せになる、

  戦後はこのラインを走っていたはずが、いつの間にか経済や企業そのものが社会になって、ある種の蟻地獄みたいなものになってしまっていると思う、



  私は何かが悪といいたいのではないのだけど、今の日本は何か人間に本当に必要なものを捨てて、どうでもいいものを有難がっているように見えるんですね、


  何かを勘違いしているというかな、間違っているというか、

  今の日本の問題は社会が存在しないことで、いつの間にか社会が消えてしまったことを何とかしないといけない、


  誰にも実感がなくて、何処にも存在しない、日本人が忘れてしまった社会というものを、もう一度再生できるかどうか?、どうもそのあたりがこの国の人々の運命を握っているようには見えます、





    それでは、今は週一回ですので次回は来週の水曜日になります、では次回まで、






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  奪い合う経済ではなく分かち合う経済が必要ではないかという本です、この本で面白かったのは、日本の新自由主義はアメリカをモデルにしながら税制はヨーロッパを目指しているという指摘で、

  確かに消費税とかアメリカには殆どないのに、アメリカ的な新自由主義で消費税というのは変ですよね、やっぱり騙されていたんだなあと思える本です、



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