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会社か、社会か、

    どうもこんにちは


  最近いろんなブログを見て回るのですが、感じるのはやっぱり文系の人とは私とは頭脳回路が違いますね、なんというかな、私の場合は全体像を見ようとするんですよ、けど、文系の人は全体像を表そうとするというか、つまり表現としてどうかという以上の事は、考えてないような気がするというか、本人の嗜好によって根本の判断が決まってしまって、あとは表現によってそれを完全なものに見せようとする感じがして、その人の性格や趣味はわかるけど、同時にその人の言っている事はあんまり、信用できないなあと思ってしまいます、文系の方の場合、言っている事のうち使えそうなデータをふるいにかけないといけないので、なんだか面倒くさいですね。


  それで、今日は会社か、社会か、ということでも書いてみようかと、私が昔疑問に思ったのは、何で会社と社会は漢字の順が逆なのかなあと思ったのですけど、それで、ふと思ったのは、もしかしたら、意味が逆なのではないかなと思って、あれこれ考えた事があったのですよ、そこら辺で考えた事でも書いてみようかなと思ったまでで、例えば、何でこの国は会社というものをそこまで重要視するのだろうかとか、会社が社会のすべてのように言うのはなぜだろうか、とか、そういうことを考えていた事を書いてみようかと思います。


  まず、何でこの国は会社というものをそこまで重要視し、この世のすべてのように言うのだろうと考えて、まあ、それは結局、戦後の焼け野原から立ち上がった歴史というものがあるのでしょう、確かにそういう時代があれば、豊かさとかを絶対視するのもわかりますが、まあそういうことが合わさって会社というものを絶対視するという、形になったのではないかと思います、ですから、そういう考えとともに、会社こそ社会そのものである、という考えになったのもわからないではないのですが、しかし、それは昔そうだっただけじゃないですか、ずーっとそうというわけではないですよね、けど、今でもそういう会社こそみたいな考えは強い訳で、そこら辺に今の時代のゆがみのようなものの原因があるように思います。


  例えますと、日本が一つの木だとしますと、戦後の焼け野原で何もなくなってしまって、そこから新芽が出て、双葉が出ですくすくと伸びていったわけです、その双葉の一つの葉を社会、もう一つの葉を会社とすると、その二つは非常に近くそして同じような意味を持つものだと思うのですね、しかし時間が経ち、木が大きくなっていけば、その二つの存在も離れていき、意味も違ってくると思うのです、いつまでも会社が社会であるということは言えないのではないか?、という風に思います、ですので私はそろそろ、会社か、社会か、というふうに考えを分けるべきではないか、と思います。


  そこでまあ最初の方に戻ってですね、会社と社会の漢字の字の順が逆なのは意味が逆だからではないか、ということになるのですね、つまり、会社とは潜在的に反社会的なものである、社会とは潜在的に反会社的なものであると、今の時代を見るとこういう構造が成り立っていると思うのですよ、つまり二層化しているのではないかと、とはいえそんな事を考える人はいないので、相変わらず多くの方は会社こそすべて、会社さえ良くなれば世の中のことは何でもよくなるんだ、という考えがほとんどですから、結果として、社会構造は崩壊し、会社さえよければと考える方は、社会崩壊をただ悪く言うか、金をばら撒けばすむだろうという会社的考えで処理をしようとするでしょう、が、しかしその判断は、いずれ負担を増し、耐えれなくなるような方法でしょう、ざるで水をすくうようなものですから。
  

  いま問われるのは根本的なものです、時代が変わって今までやってきた事が通用しなくなる事をどうするかということが、いま問われている問いだと思います、会社か、社会か、昔と違ってもう二つは別のものであって、会社は社会を救わず、社会は会社を救わない、お互いが離れてしまってますから、別のものだと考えた方がいいでしょう、ですのでもし、今起きている社会問題を考えたければ、お金を一切除去した状態で、ものを見て判断してみるといいです、会社的なお金をかければという判断では、社会問題の根本にある、意味的構造の無理や歪みは直せない、お金をかければかえって歪んでおかしくなる可能性がある、今の時代の社会問題の原因は貧しさではなく、構造的無理や歪みである事がほとんどだ、だから今の社会問題に対しては、会社的な考えでなく、豊かさや金じゃなくて、根本的意味の構造を眺め、社会的視点に立つべきだと思います。



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  自分で書いておいてなんですが、相変わらず異様なぐらい鋭いですね、ほんとに私が書いたのかな、、

  まあともかく意味としては、会社と社会の分離、戦後の焼け野原のころは社会と会社が同じものだったが、発展とともに分離していって別々の物になったときに、会社と社会の違いをどう捉えるかという話ですね、

  シンプルで日常的な話でありつつ、ものすごくややこしい話ですね、

  金銭的な意味の強い企業論と、金銭的な意味の薄い社会論を考え、その両立をどの様にするかと考えるのが、今の時代の考え方ではないかということですけど、うーん、

  この考え自体は正しいと思う、ただ一般の考えというのはあまり複雑化した考えを持たないですから、ここら辺で一種の手詰まりが起きるでしょう、

  理解すべきだが、理解すべきことが難しければ、理解する人が減って理解が深まらない、社会の複雑化と対応の遅れの関係は、このあたりに原因があってその結果社会が揺れているのでしょう、

  とはいえ現実はシビアですから、人間がどうであろうが残忍な結果を突きつけてくる、それが今の社会の悪化の原因のようにも感じます、


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