06 月<< 2020年07 月  12345678910111213141516171819202122232425262728293031  >>08 月
 

マスコミは詐欺の一種

    どうもこんにちは

  
  最近色々なブログを読むんですが、経済金融関係は胡散臭い人が多いですね、私は理系なので、理系の世界では、人間を誤差としてしか見ていないので、文型の人の絶対こうだという考えが信じれないです、絶対こうだとはいうが、それは君がこの世に存在しなくてもそうなのか?、君がそう言うからそう思えるだけではないか?、という感じがして、なんと言うか、文系の世界は人間ギトギトの世界で、私には合いません。


  まあ、それはいいとして、マスコミは詐欺に一種、ちょっと刺激的ですが、いまのマスコミの動きがなんとなく昔の私の経験と合わさるんですね、その経験というのは、昔十年位前ですか、家庭用ゲームというまあ、テレビにつなぐゲーム機の世界で、そのゲーム機の、ハードウェアシェア争いというのがあったのですね、まあ、二つの陣営に分かれて争っていたのですが、そのときの経験が、いまのマスコミの動きと似ていて、なんとなくいまのマスコミの動きが見えると言うか、その頃の経験から危険だなとも思うのです。


  それで、どう書けばいいのかなと思うのですけど、ではマスコミの動きのパターンでも書いて見ましょうか、


    その1 一部をすべてという、

  よくある手ですね、例えば今回の選挙とかでも、特定のものばかり映すとか、それでそれが全部ですよー、みたいに表すとか、シンプルな方法だけになにげに刷り込まれてたりするんですよ、その場ではそうかな、と思っちゃうんですけどね、後々考えるとあきらかに変で、やられちゃうんですね、例えば今回の選挙でも、自民の得票は、全体の三分の一より多いくらいなんで、過半数にも行ってないんですよ、けど国民のすべてが支持をしたように言う、半分以上はしてないんですけど、まあ、選挙制度のこともあるので一概に言えませんが、選挙後のマスコミは、必死にみんなの支持で、多くの支持で、と言ってましたが、あくまで一部にすぎんのです。


    その2 はっきりしないものを含んでいるにもかかわらず、こうだと言う。


  これもある手ですね、昔上で書いたゲームのシェア争いでそんな感じを受けたことがあります、?万台本体が売れたー、とかいっているメーカーがありましたが、明らかに胡散臭いんですね、だって年末商戦の前とかにちょうど、本体が?万台売れたー、見たいな話が出るのはできすぎですよね、そんな都合よく売れるわけが無いじゃない、明らかに胡散臭いデータから出しているんだと思うんですよ。


  この手のは中途半端に科学的な話が多いです、たとえば数字を良く使う話や、?%みたいな話で、いまだと?支持率とかね、昔どこかの経営者の方が言ってましたが、アンケートほど信用できないものは無い、と言われてました、まあ、その?支持率で言えば、例えばその調査方法自体の、精度を毎回調べない限り、そのデータは意味が無いのですね、データはただ取れば良いものではないので、まあそう言うとそういうのは学術的に合っているだとはいいますが、学問だから正しいと言うのは嘘です、逆の言えば、学問の間違いを探すことこそ、本質的意味と言っていい、そういうことをしていないならば、それほどの精度は無いと思います、まあ、数字や学問や科学あたりを出してくる話は胡散臭いですね、だって見ている人が判らないのが分かってて出しているわけではないですか、何のためにそうしているのかが怪しいですから。


    その3 二つをぶつけ勝った方を正しいと言う。


  これはたまにしかないですが、あるとすると大きなことですね、今回の選挙もそうですが、昔のハードウェアシェア争いもそうでしたね、確かにこうやられると一見そう見えるのですが、しかし理性的に考えてみれば、そもそも二つのものがあるのは、二つ必要だからではないでしょうか?、それが一つになれば全体としては破綻するのではないですか?、基本的にこの方法は破滅への道にしかならないと思います、わたしが今回の選挙でこの国はもう駄目だなと強く思っている理由は、昔のハードウェアシェア争いの経験から来ていて、昔、今回の選挙と同じように家庭用ゲームでも二つに分けて似た様な事をしたんですよ、で、一方は勝ったんですが、その後どうなったかと言うと、段々縮小していって、今ではなくなるかもしれない状態になっている感じがします。


  それが今回の選挙でも同じ形が現れたので、私は同じ結果を危惧しているのですね、つまり物事が成り立っている構造というのがあると思うのです、それは見えやすい時もあれば見えづらい時もある、そしてその構造の結果によって、何らかの量が発生すると思います、例えば経済なら、お金のような量ではかるものが現れてと言う感じで、それでこの二つに分けてという方法は、この量のほうしか見てないと思うのですね、シェア争いみたいな感じで、量がどうかという考え方から来ていると思います。


  つまりこの考え方は、、全体を二つに分けぶつける、それは量を得るためであるので、その結果構造は分断され、量を得る形を失うと言うか、例えるなら、生き物をバラバラにして、それを集めて量を増すという考えに見えますね、確かに量は増えますが、それはもう死んでしまうので、将来性がないというか、別の考え方だと、鶏が卵を産むのを待たず殺す、というかんじで、根本を殺してしまって、長い目で見れば破綻する方法に見えます、それを国の選挙でやった場合、国の内部構造が崩れるのではないか、と最近は思っています。  



  なんか長くなってしまいましたね、なので、そろそろ止めようかと思います、まあ全体にいえるのは、こういう方法を、政府がどこまでも使っていこうとしていること、これが異常だってことです、こういう方法は詐欺ですから、結果として意味は生みません、こういうことを繰り化していれば、日本という国の持つ内部構造が崩れ、何も生まない構造になるのではないでしょうか、それとマスコミはこういうことを普通にやっている以上、彼らにとっては見ている人を騙すのもビジネスと考えていると思った方がいいということです、ですので、マスコミは詐欺の一種と考えるのが妥当ではないかと思います。




    それでは今日は金曜ですので、次回は月曜ですね、ではよい週末を。




//


  何だか同じようなコメントになりますが、これも鋭いですね、本当に私が書いたのだろうか?、
 
  まあただ言っている事は正しく、人間の意識を操作するという情報操作のためにマスコミはいて、その肥大化拡大化がこの国の病理であり、まずそこを変えないとこの国が良くなることはない、

  しかしマスコミの騙しのテクニックは巧妙ですから、慣れないとなかなか読み取ることが出来ない、そして騙されている内に滅茶苦茶にされてしまう、

  こう考えてみると最初からマスコミのようなものは必要なかったんじゃないかという気がしますね、日常になっているから忘れているけど、マスコミが何故必要なのかと聞かれると、特に答えがないことに気づきます、


関連記事




 

文字を大きく・小さく

     

    プロフィール

    ryuuguunotukai2

    Author:ryuuguunotukai2
    政治などの記事を書いています、少しでもいい世の中になればと思いつつ全然ならないですね、まったく。

     

    カレンダー


     

    黒ねこ時計 くろック E01

     

    最新の記事(全記事表示付き) *frame*

     

    検索フォーム

     

    カテゴリーメニュー

     

    月別アーカイブ(タブ)

     

    全記事表示リンク

     

    天気予報


    -天気予報コム- -FC2-
     
     

    アマゾンの本、

     

    PR

     

    PR

     

    PR

     

    PR

     

    里親探し

     

    PR

     
     
     

    本の紹介、

     

    楽天のお菓子、

     

    お茶とコーヒー、

     

    PR