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教育と才能は反比例する、

    どうもこんにちは、



  あれですね、JALの話はなぜか急に言わなくなりましたね、ついさっきまであんだけ言っていたのになあ、不思議なものです、

  個人的には今日も書いてみようと思っていたのだけど、さてどうしたものか、、

  まあしかし一応書いてみますか、なんというか疑問があるので、



  私がJAL(日航)の問題を見ていて思うのは、意図的に騒いでいるのではないか、そういう風に見えるのです、


  例えば年金の問題、企業年金が赤字でそれが企業再生の足かせになっているとはいうが、
  
  しかし私の知る限り、日本の企業年金の大半は赤字であり、例えば大手の企業であっても、その多くは赤字であるらしい、

  
  ついでにいえば厚生年金も莫大な赤字があるらしいから、総じて日本の年金というものは赤字であり、赤字でない年金のほうが珍しいのが日本の年金の実態ではないだろうか、


  それでJALの再生には年金の問題を解消する必要があるというのだが、この話には疑問がある、

  そもそもJALの企業年金は積立不足で最初から赤字であり、企業業績とは関係がない、つまりJALの業績不振と年金の問題をは話が違うわけで、それを一緒にして考えるのはおかしい、
  

  私はそういう論点がずれているものが一緒に合わさって、議論になっているところに疑問を持つ、

  もちろん関連性がないとはいわないのだけど、JALの年金というのは最初から収支が合わない状態で行われていたわけだから、企業年金の制度的問題があるわけで、

  だとするならそれは企業年金が破綻していた場合の、処理制度を利用して対処するのが正しく、それを企業業績と結びつけるのはおかしいだろう、


  JALの問題は問題があるとすれば、企業年金というものが破綻しているもしくは帳尻が合っていない場合に、どのように修正するかという事と、そういうことが起きないようにあらかじめどのような手を打っておくかということが、手段として存在していないことに問題がある、


  日本の制度というのは、悪く言えば利益の先食いというものが多いので、年金制度にしてもそういうことをどんどんやって、破綻してしまっているものが多く、

  問題はそうして起きた企業年金問題に対して何の対処もしていなかったことではないかと思う、


  だからJALの問題というのは、業績や体質の問題はあるだろうけど、少なくとも年金の問題は別の問題であって、それを重点的に議論するのは本質ではない、

  しかし年金年金と騒いでいたわけで、そして急に黙ってしまったというのは、もしかするとそういう問題に騒いでいる連中が気づいてしまった、そして企業年金問題まで騒ぎになると厄介なので手を引いた、そんな風にも見えますね、



  次に、民主党の政治運営を見てみますと、一つのしこりというか問題の中核というのがあるように思えます、

  それは財務省と大臣の藤井氏で、どうも彼らは反民主党的な行動をしているように見えます、


  もちろんそれなりの理由があればいいのだが、どうやら権力維持が目的のようで、もしかすると将来的には彼らの排除がいるかもしれません、


  最近でも民主党の問題点として出てくるのが、財務省との対立であり、財務省の権限に民主党が入り込めず、そして入り込めない原因になっているのが大臣の藤井氏である、

  そもそも藤井氏の行動は不可思議なところがあり、最初この人物は大臣にはならないはずだったのが、それが強引に財務大臣になった経緯がある、


  小沢氏が藤井氏が財務大臣になることに難色を示し、それによって一度は撤回されたのが、その小沢氏の真意が昔の対立が原因ではないかといわれて、世論的な反発が起きて藤井氏は大臣になった、


  しかしここで疑問が湧くのが、なぜ藤井氏に世論がついたのか?、そこに疑問点がある、


  そもそも藤井氏は地味な人物であり、元々はそれほど目立つような人物ではない、それがなぜか民主党が政権をとったとたんテレビに出るようになり、そしてそれが結果として藤井氏が大臣になる後ろ盾になった、


  それが意図的なものではなかったか、というのが私の疑問であって、つまり意図的にそういう世論形成をしておいて、自分が大臣になることを画策していたのではないかという風に思っている、

  そもそもテレビとが新聞というものは、誰でも出れるわけではなくそれなりの裏の利害がある、

  そして今でもそうだかテレビや新聞は反民主的であり、民主党が不利になることしか基本的にはしない、


  そのマスコミがなぜ藤井氏をかったのか?、そこには財務省の身の保身のためにあらかじめ布石を打っておいた、そういう流れがあったように見えなくもない、

  新政権になって民主党が苦慮しているのは、そのほとんどが財務省による圧力であり、そして財務省の権限に切り込めないことによる、政策的限界が民主党のアキレス腱になっている、


  だから民主党の最大の問題は藤井氏か、もしくは財務省の権限の関係者、そのあたりが最大の敵だと思う、

  郵政の人事にしても、私はそれほど問題だとは思わないけど、ただ財務関係者が強く出ているというのは、このあたりの流れからすると問題点としてあるかもしれない、


  敵は本能寺ではないが、やはり最大の敵は財務省であるということ、民主党政権がどうなるかは、財務省にどれだけ切り込めるかによるのではないかと思います、




    

  さて、それはいいとして今日は、教育と才能は反比例する、ということでも書いてみようかと、

  この話は私の主観で見たときの話であって、客観的にそうであるというわけではないのですけど、なんとなく全体的に見ると教育というものと才能というものは、相反しているものなのではないかと思ったので書いてみようと思ったのですが、


  それで教育と才能は反比例するということで、私がこの言葉を強く感じるのが、ゲーム業界に対してで、

  ゲーム業界というのは、昔はすごく羽振りもよく勢いもあったのに、今となっては過去の勢いもなく、昔に比べるとずいぶん弱体化しています、


  それがなぜなのかというのは諸説あるのですが、私が見ているのが教育が原因ではないかという気がしているのですね、


  ゲーム業界は一時バブルの頃、非常に業績がよかったので、高学歴化を目指し、東大でも出ない限りは入れないような、そういう時期がありました、

  で、じゃあその後にそういう方向性が、ゲーム業界を良くし発展させるような意味を持ったかというと、私の見たところそういう意味はなかったように思えます、


  なんというかな、どんどんゲームの質が下がってきて、アイディアがでなくなってきていた、

  確かにグラフィックとか音楽は良くはなったのですが、ゲーム性についてはこれといったいいところがなく、結果的にゲーム業界は衰退して行ったわけです、


  ゲームというものは、アイディア勝負の世界なので、ある種の発想というかそういう才能が必要で、知識や経験でいいゲームが作れるかというとそういうこともなく、ほんと才能だけなの世界になっている、


  だからそういう世界で学歴を絶対的に考えて、人を集めて行ったとしてもたぶんうまく行かなかったのでしょう、


  まあこれはゲーム業界という特殊なものだからそうだったというのでしょうけど、こういうことを見ていると、大学等の教育というものは絶対的な基準ではなく相対的な基準であって、そういう基準を絶対視することには意味がないのではないかという気がするのです、


  今の日本を見ても分かるじゃないですか、今必要なのは高度な教育を受けた人間ではなくて、才能のある人間でしょ、

  限界までたどり着くのが教育であるならば、その限界を超えるのが才能であるわけで、今の日本のような国では才能のある人間にこの壁を越えてもらわねばならず、実質それしか手がない、


  しかしそこでもやはり人が出てこない、ゲーム業界と同じように、

  私はここに今の日本の一番大きな問題が潜んでいるような気がするんです、

  もしかして日本の一番の問題は、教育と教育への見方なのではないか、どうもそんな気がしてしまう、


  日本の教育は人を育てるというよりは、人の基準を作るためにあるもので、その教育の作った基準に適合するかどうかが高等教育であり、日本において教育というものは、教育という制度に合致するか調べる制度である、


  つまり合致していればよく教育を受けれ、合致していなければ教育を受けれない、そういう制度になっている、

  最近は変わってきているようだが、今までがそうであった以上は、日本における教育というものは、特定の要素に合う人間だけを認めて、それ以外を排除するという意味が強い、


  そしてそれを今の日本が合わさって見え、

  よく新自由主義の正統性として、日本は社会主義であった、全体主義であった、だから資本主義的方向性が正しいのだという意見があるのだが、

  ただこれを教育という視点でとらえてみると、教育が社会主義や全体主義を生んでいたのではないか、という風に私には見えてしまう、

 
  戦後の産業制度の失敗は、企業等がある種の考えに固執して、それが企業の活力を奪ったことにあるが、

  そしてその根底にあるのが教育ではないかと、


  だって教育があって企業があるわけでしょ?、となると企業の硬直と同じように、日本の教育も同じ問題を持っているのではないか、もしくは教育が原因で日本全体が硬直していたのではないか、そう思えてしまう、


  あまり指摘する人がいないけど、日本のほとんどの問題って教育問題なんですよね、学閥みたいなものがなければ、ここまで日本がおかしくなることはなかったんわけですから、


  そして日本の教育は基準作りのためにあるものだから、才能のある人は基準には合わないので、日本の教育って才能の排除と、学閥の維持だけをしていたようにも見える、


  それが学問の狭い世界だけであればいいが、それを日本中で徹底的にやっていたから、日本がおかしくなったのではないか、


  ゲーム業界を見るとどうもそんな気がしてしまうんですね、学問や教育がそれほど人の役に立つものではなく、実際は逆に社会や世の中を悪化させている事が多いのではないかと、


  私は別に教育を否定しているわけではないのですけど、ただいまの日本のように教育を神のように、絶対視するのはおかしいのではないかという気がします、


  もっと相対的に、教育の欠点だってあるわけじゃないですか、教育の存在するデメリットだってあるわけじゃないですか、その辺を客観的に見ないと、日本の教育が真に価値を持つことがないのではないか、私はそう思うのです、  


  教育に向いていることも一つの頭のよさにすぎず、それだけでは人材は育たないのではないかということ、

  教育が基準であるならば、才能は反基準な訳ですから、教育を絶対視しすぎると人材育成という点では失敗してしまう、


  だからそこら辺をこれから変えていくべきではないか、そう思うのですね、

  教育はデメリットもあるわけですよ、万能に人が育つわけではない、しかし教育は人を万能であると規定して考える、そこに無理があるのだと思う、

  
  そしてその無理こそが、今の日本で起きている問題の多くであり、日本を変える為にはそういう意味を含め、教育制度を変えていかなければならないのではないかと思っています、






    それでは、今は週一回ですので次回は来週の水曜日になります、では次回まで、








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