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経済の合理的合成、

    どうもこんにちは、



  与党による国策逮捕から一週間くらいたって、まだ騒いでいますね、この騒ぎは私の経験からすると4月中ごろまでだろうな、年度をまたぐときは予算の関係か、与党がインチキをしやすくなるのだが五月ぐらいになると与党が弱体化するので、そのうちうやむやにしてどうでもよくなる話なのだろうけど、


  一応色々調べて見たのですけど、明らかに国策ですねぇ、

  例えば漆間という副官房長官が最近、この件で与党は逮捕しないといっていたけど、この漆間という人物は今の検察のトップと同級生で仲が良く、またそもそもが民主党の刑事的摘発のために内閣に入った人物で、過去にも民主党議員を捕まえるようなことをしたらしい、


  しかも逮捕された小沢氏の秘書が迂回権献金を受け取っていたのではなく、その前の秘書がその献金をもらっていて、その人物は今度の選挙で自民党から出るらしい、だからその前の秘書が検察に協力して何かをしゃべった可能性はある、


  こう見るとやはり自民党による自作自演と見るしかないんでね、検察を買収するか裏取引をして、何らかの行動をしていたと見るべきだろう、


  今回のことは検察が正しいという人も多いが、しかし、絶対権力は絶対に腐敗するという論法で言えば、検察や司法関係者の腐敗があると見るのが妥当はないだろうか、

  例えば自民党や役所の腐敗の原因は、絶対権力であるからで、では同じように検察が腐敗しているとなぜ考えないのか?、検察の腐敗も政治家や役人と同じようにおきていると考えるべきである、

  それが表面化してきたのが今回の事件であろう、これは日本の司法制度が何らかの破綻に期しているというシグナルではないかと私は見ている、


  今回のことは確かに、迂回献金の問題等で政治と金の問題が出てきたといえなくはないが、しかしそれはそもそも法的問題であり政治家個人の問題や、司法の問題ではない、

  今の政治資金規正法は、私の見たところだとその狙いは資金の流れを変える為にあったのではないかと見ている、


  昔、小沢氏が自民党の幹事長だったころは、選挙のために小沢氏の手元に100億もの金が集まったという時代もあって、

  で、そういう風に自民党の特定の個人に金が集まって、それを再配布することによって、個人が自民党を支配していた形が問題だったわけで、


  それを変えようというのが政治資金規正法であるのならば、その狙いは、政治家個人に渡る金を減らして、党を中心とした金の流れを作ることであり、
  今の状態を見ると政治資金規正法は、それなりには効果を挙げているといえる、


  確かに迂回献金が出来るとか、そういう問題はあるが一時期のように100億もの金が個人に来るようにはならなくなっているわけで、そういう風に資金の流れを変える意味はあったのではないか、

  まあだから迂回献金等の金の流れがまだあるのは、そういう流れを当時としては急には絶てなかったからであり、そういう名残がある問題を問題視すること自体は確かに問題ではない、


  しかしそれをすべきは立法であり、現状で迂回献金を暗に認めている法案で、迂回献金をしただけで逮捕をするのは職権乱用であり、明らかな違法行為である、

  検察が法なのではなく、法が法なのである、それが検察は権力によって買収でもされて、法を自ら破っているのが今の状態である、


  政治資金規正法が迂回献金が出来るようになっているのは、法の不備でありまた、政治的配慮でもあるのだろう、それを政治的や立法の形で論議をすることは間違いではない、

  しかしそれを司法的に扱うことは違法である、司法であるからといってすべての法に権限があるわけではない、またすべての法で逮捕して良いわけでもない、


  現状でやっていることは秘密警察や昔の特高のようなものであり、法を過剰に解釈をして私的に逮捕をしているところがある、昔の治安維持法に近いことをしていると考えるべきであろう、

  そもそも法的に迂回献金が出来るようになっている以上、迂回献金で逮捕することはそれ自体が政治資金規正法違反なわけで、違反をしているのは検察のほうだ

  法的問題は司法の問題ではない、法律自体がおかしいのになぜ司法が判断をするのか?、これでは司法が立法権や政治的権利を持っていると発言しているに等しい行為ではないか、


  言ってみれば今回の事は司法による独裁を宣言したようなものだろう、戦前の軍事態勢でも法的正当性で、国民を殺してきたわけで、今回のことがその予兆であるとするならば、非常に危険な兆候であるといえる、
    
  ナチスも最初は穏やかだったがだんだんと狂ってきた、今回のことも一見それなりの話のようで、本質的にはかなり狂った話である、

  国家制度そのものを否定している司法というものを理解できるかどうか、ある種のクーデター的なことをしていると分かるかどうか、

  法を守らない法の正当性が平気で表れていることを甘く見てはいけない、
  
  
  今回のことは非常に危険な問題を含んでいる、感情的正当性はあるように見えるが、本質的にいえば司法に合理性はなく法的論拠がない、

  政治資金規正法では迂回献金を政治的配慮であえて可能にしている、ならばそれが法であり、それを司法が守らなかったことに問題がある、

  迂回献金が問題ならば、そうなるように政治や立法で変えればよいだけで司法がものを言う権利はない、

  感情的判断と現実的判断にはずれがある、昔の戦争でもそれはあっただろう?、戦争は現実的には負けていたのに、感情的には勝っていることになっていた、


  今回のことはそれとまるで同じことである、感情的正当性が現実的システムを壊すときに、全体は崩壊する、それなのに誰もそれをおかしいと理解することが出来ない、

  それが人間であるが、しかし少しは学習せねばならないだろう、明らかに錯覚の構図があるのだから気づくべきであるが、さあこれを超えれないと日本の未来はその分暗いものになる、陳腐な正当性など人の役に立たないことがこれほど分かっていても、人はまだ騙せるのである、

  ま、人間はどこまでもおろかであるという結論へと行かなければいいのですが、どうなりますか、





  さて、それはいいとして今日は、経済の合理的合成、という事でも書いてみようかと、

  これも昔書いた覚えがあるのですが、現代というものは明確化厳格化の時代であり、わかりやすい形というものを常に求める時代ですが、
  しかしわかりやすさというのは同時に、不明瞭な存在を否定するところがあると思うのですね、
  でまあそういうことというのはどういうことであるのかという事を、書こうと思っているのですが、


  それで経済の合理的合成という事で、今回は世界経済のことを(何故か)書いているので、そういう話の意味としてなのですけど、

  今の世界経済というものは、金融経済の発達と反比例するように、実体経済の衰退化のようなものが起きて、今の日本でも実際に目で見たり感覚で感じたりする実態の経済というものは、ここ十年くらいを見ても衰退していたといえると思うのです、


  市場原理主義とか新自由主義でもいっていたのだけど、これからの経済は搾取よって永遠の成長を続けるだろうと言っていたのですが、

  それは結局のところ経済の意味というものを、金融という明確化しやすい数値に変えて、吸収していたところがあったと思うのですね、  


  つまり経済の意味を金融という力だけの概念に転換することによって、経済成長をしていただけではないかという気がするのです、


  そもそも資本主義というものは、社会的である経済を資本という明確な基準にして、その明確な基準による経済システムをくみ上げるところに、その狙いがあるわけですが、

  その形というものは、もしその明確化の流れが過剰になってきたときに、どうするのかという事を考えていない欠点のある考え方でもあるわけです、


  例えば今の日本では、一次産業が衰退していますが、これは資本主義が悪いんですね、

  資本主義て言う資本的な明確化という形を持つと、金銭的利益の得づらい産業はどんどん衰退してしまう、

  また他でも地方の衰退も資本主義に問題があり、資本主義では資本による優位性を明確化するので、資本的に不利な地方はどんどん衰退することになる、


  しかし本来は一次産業や地方が不要というわけではなく、ただ単に力の理論では評価ができないだけで、他の理論であれば評価ができるところもあるわけです、


  まあ今回は、世界経済の手詰まりや限界的なことを書いているので、そういう意味でこのような事を考えてみると、

  やはり世界的な金融、もしくは金融的な基盤を持って世界中の産業が動かなければいけなくなってきたことが同時に、ある種の経済的な終わりを作り出してしまっているような気がするのです、


  資本的な明確さ、そして明確にしてその基準の中で経済を認めていくような、フラスコの中のような経済では広がりがなく、見た目ほど意味がないのではないだろうか、

  科学は物質を精製し合成するものであるが、経済をそういう基準に合わせて加工していくことが、さて何を生むのか、

  なんとなく今の経済はどんどん広がっているようで、実はどんどん小さくなっているようにも見えるんですね、


  それはたぶん力としての経済の広がりと、意味としての経済の縮小が同時に起きて、何かがあべこべになってきているのでしょう、


  まあともかく、今の経済というものは、明確化具現化を進めてきた結果、合成された物質のような力の強さと異常な偏りを持っている、
  しかし経済というものは人間そのものでもあるので、それを精製し合成したものがどのような意味を持つかという事は考えなければいけない、


  世界経済で見れば、意味もなく経済が膨張しているのにそれが人の役にまったく立っていない、

  それは経済を合理的基準に合成したことによって、普通の人に触れれないようなものにしてしまったことに問題があるのだろう、


  であるから、本来今やるべきことは合理化明確化してしまった経済を、人間を基準としてシステムに組みなおすことにあるのだが、はたして人間にそんな難しい事ができるかという気がしますね、(元々はそうだったんですけど、、)





    それでは、今は週二回ですので次回は木曜になります、では次回まで。







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