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資本主義の間違い、

    どうもこんにちは、



  オバマ政権が成り立つ前あたりから、どうも日本でもプロパガンダ的な流れが強くなっているようで、あまりうまくいってはいないようだが多少気をつけたほうがいいようですね、


  さっき見たのだけど、大阪のクソとか言われているタレント知事の支持率が高かったとか読売が書いていたけど、大阪で何か搾取をしようという狙いだろうか、

  そのタレントは何か民間の人間を入れるとか言っているが、それは身内や利害関係者を入れて搾取をするのが狙いだろう、支配体制の確立か、まあそのあたりといえる、


  だいたい知事の支持率などというのは調べたことはないのだから、それを調べる利益がどこに出ているのかだろうな、読売とそのタレントが癒着をして何かを狙っているのだろう、

  そもそも支持率は適当に捏造できるので、そういうものがあっていることはあまりないんだ、マスコミのさじ加減でどうにでも出来る数値だから、信憑性はない、

  まあとにかくその大阪のタレント知事がどんな詐欺を計画しているのか、考えておいたほうがいいでしょう、



  次に、最近なぜか急に同じ階の女性をさらってバラバラにして、トイレに流したという奇妙な事件について、騒ぎ始めているが、これもプロパガンダくさいですね、

  誰も指摘しないけど、そもそもトイレに流すのは無理だから、この事件は成立しないだろう、

  しかし成立しないのに言っているということは全員が嘘をついていることになるな、

  狙いはどうやら陪審員制度の正当性を作る事かね、妙にリンクしているしそういう計画だったのかもしれない、


  陪審員制度というのは有名な話だが、アメリカだとその陪審員を買収して判決を捻じ曲げる行為が良くあったらしい、 
  で、日本でやる陪審員制度も、それが狙いじゃないかという気がする、

  陪審員を無作為に選ぶというが、作為的に選んでもばれやしないのだし、最近の司法の私的な方向性を見るに、刑事罰にも私的な取引を取り入れれようというのが、どうも狙いのようには感じてしまう、



  少し前の厚生事務次官の殺害についても、犯人は別にいたように見えるが、警察は調べていないし、このばらばらにしたというのも出来たとしても協力者が要るだろうし、いなければ出来なかったになるが、その両方の可能性についてはまったく考えていない、


  検察の狙いが犯人を決め付けて、客観的判断を司法に持ち込まないようにするのが狙いだとするならば、陪審員制度は無作為に選んだとしても、陪審員を扇動洗脳すれば判決を捻じ曲げることも出来る、その練習がこの事件なのだろうか、


  そのバラバラ事件は、時間的にバラバラにするのは不可能だし、出来たとしたら協力者がいる、 また出来たとしてもトイレに流すのは無理だから、流すふりをして別の形に遺棄をする必要がある、

  どっちにしろ協力者がいないとおかしいし、家の中にほとんど証拠が残っていないとなると、この人は犯人かもしれないが主犯は別にいると見たほうがいいような気がするのだが、

  これは去年あった元厚生事務次官殺害の話も同じで、あれもどうも自首した人は手伝っていた可能性は高いが、ただの運転手で実行犯は別にいるように見える、


  この犯行は二つとも身代わりを犯人に仕立て上げている可能性があるのだが、そうした場合に陪審員制度で感情的にあおれば、犯人を捏造しやすいという話かな、

  素人には客観的判断は出来ないだろうし、そこをつこうというのが陪審員制度の狙いのようには見えなくはないな、


  普通に考えるとこういう話はおかしいように見えるのだけど、マスコミの動きからすると、こう考えたほうが当たっているような気がする、

  そのバラバラ殺人事件も去年あった厚生事務次官の事件も、ついでに言えば少し前の中央大学の事件も、どうもマスコミの絡んだ同一犯のように見えるので、その流れが陪審制度へと向かっていく狙いが何であるのか、何らかの詐欺の計画を権力者同士が練っているように見えるのだが、どうだろうか、






  さて、それはいいとして今日は、資本主義の間違い、という事でも書いてみようかと、
  資本主義が正しく、資本主義だけが正しいとしてきた今までの時代は破綻し、一般論的にはソ連の崩壊によって社会主義が間違いであることが証明されたといわれていましたが、結果的に見れば今や資本主義も間違いではないかという状況にあり、そういう意味で言えば資本主義だ社会主義だといっていた、冷戦の時代は終わったといえると思います、


  では社会主義と違い正しいものだといわれていた資本主義というものが、どういう問題点を持っていたのかという事にいて、専門家ではないですが今まで私が見聞きしてきたことを元に書いてみようと思っている、今回はそんな話なのですが、


  それで資本主義の問題という事で、今までも色々書いてきましたが、今の世の中も良くないですし、そういう意味では資本主義というものも色々問題があるものだといえ、その問題といえるものにどんなものがあるかと考えてみると、


  まずいえるのが資本主義は生産性の向上を絶対視するので、生産性の向上による、過剰生産問題が発生する、生産をするといっても消費がなければ生産しても意味がないわけだから、消費以上の生産を生んでしまうことはデメリットになる、

  今までの歴史では、だいたい消費以上の生産というものがないか、社会的に消費を担当するような社会の調整弁があり、生産過剰という問題はそれほどおきてなかったが、


  しかし近代化以降、工場で大量生産が可能になって、今までの何十倍何百倍という生産が可能になると、簡単に過剰生産が起きるようになった、

  だから本来ならば近代化した社会においては、過剰生産という問題について、常に考えるべき問題であるのに資本主義では過剰生産というものについての考えがない、
 

  私のイメージだと資本主義というものは、中世から近代への橋渡し、生産性の向上がメリットになる間に成り立つ考えであり、ある程度近代化した時点でその意味を失う考えであったものなのに、


  それが冷戦時代に資本主義が正しいかどうかという二分論に発展し、相対的に資本主義を見る目がなくなって、その過程によって近代化が進んだので資本主義を崇拝するような、矛盾を内包するような経済政策が世界的に広まってしまったように思えます、


  資本主義は過剰生産に対する修正がないので、消費が無尽蔵にあるか消費を上回る過剰な生産にならないという前提条件が必要なるが、近代化しても消費はそれほどは増えないだろうから、本来ならば資本主義はこの問題と向き合う必要があったはずである、

  それができなかったことが諸々の問題になったのではないかと思える、


  次に、昔も書きましたが生産性の向上は、ある程度までは共同での生産性になりますが、ある以上生産性を高めようとすると生産性の低いもの切っていく行動になる、

  今でも生産性の低いものは切るべきだという意見が多いですが、それは資本主義だからでしょう、


  しかしその生産性を高めるためには、生産性の低いものを切るべきだという事を無限にやると、すべての存在を切ることになる、

  となるとそういう意味で言えば生産性の向上は、生産性の向上と生産規模の縮小を同時にすることになり、最終的には金融のような実態のない存在しないものの上のゲームになる、


  またこれは生産性の向上というものが、消費を減らしているという意味も含んでいる、

  それは生産性を上げることによって、不要なものををどんどん切っていくので、その分が不活性化し停滞を招く、

  停滞した部分は経済としての意味を持たず、結果として生産性の向上は経済規模の縮小をも招く、


  そういう流れというものは、今の世の中なんでそのまんまじゃないですか、生産性を上げるために色々なものを切ってしまったので、経済的な不活性領域を大きく作ってしまい、それが結果的に経済の停滞を作っている、

  経済というものはある以上発達すると、生産ではなく消費が主役になるから、ある以上発達した状態で生産性を上げると、消費の衰退を招きつつ生産性が上がってしまうので、経済的にはどんどんデメリットが大きくなる、

  
  こう考えてみれば分かるように、経済において生産性の向上は、実は場合によっては経済損失にもなるようになっている、

  確かに生産性が上がれば、経済的によくはなるのだが、それは部分的に良くなって全体的に悪くなるような、わかりづらいような形で悪化するので、その矛盾には気づきづらい、


  資本主義の問題点は、全体的に近視眼的な方向性へと視点を移していく所があるので、一見こうだと言えるものも全体で見ると違ったり、部分的には正しくても全体的には間違いだったり、そういうことを起こしやすい、


  だから言い合いというか議論とかだと、資本主義的な考えや発想のほうが通りやすいのだが、結果的に見ると近代化社会では資本主義の寿命はそれほど長くはないだろう、

  これだけ技術革新をしてしまえば、大概の事は何でもできてしまうのだから、生産性の向上も無限に近くできるだろう、

  そして資本主義は近視眼的には正しいから、その近視眼的な考えがどんどん薄く、短くなってきて、それを無限にやって薄っぺらで脆く社会性のない経済を作ってしまう、


  経済はそもそもどちらかといえば、長期的というよりは短期的なものを目指しているので、資本主義と経済との相性はいいだろう、しかしその相性のよさこそが資本主義の最大の欠点であり、ある意味近代の経済の問題は資本主義であるともいえる、

  近代経済といえば資本主義という点は間違っていないと思うが、近代経済の最大の問題も資本主義であるということについて気づかないといけない、

  だから資本主義の問題に対する検証というものがないと、近代経済は成り立たないのではないといえる、


  人間には欲望がありますから、経済の発展という魅力にはなかなか逆らいきれませんが、しかしこの資本主義という一種の麻薬のようなものに対しては、加減を重視しておいたほうが身のためではあるとは思います、






    それでは、今は週二回ですので次回は木曜になります、では次回まで。







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