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武士の代用品、

    どうもこんにちは、



  最近は急にいろいろなことが起きてきて、さて何を書こうと思っているのですけど、まずはそうですね、アメリカのゼロ金利について書いてみますか、

  
  といいつつもそんな専門家でもないので、あまりたいそうなことを書けるわけではないのですけど、アメリカが金利を下げて事実上のゼロ金利になったと、そのうえ日本の今の金利より下がったので、それによって円高になったと、


  それをみていて思ったのが、私が最近気になっていた事があって、このごろ自民党の連中が妙に日銀たたきをしていたこと、政府広報の産経新聞でも日銀はいらないという暴論を書いている、

  流れのあるところには意図があるわけで、自民党が騒いでアメリカが似たようなことをするというのならば、何かあるかもしれない、


  狙いはたぶん意図的にドルに対する円高を作り出して、日銀にドルの介入をさせようという感じだろうか、

  よく円高になると、日銀がドルを買って円高の是正をするが、その時に日銀が買っているのはドル紙幣ではなく、アメリカの国債を買っているらしい、

  となるとこれは日銀に米国債を買わせようという意図かもしれません、 オバマ氏は大規模な公共事情をしようとしているが、現状ではその財源の米国債を買ってくれる人がいるか分からない


  しかしもし円高にできれば日銀の介入によって、今までの経緯からして日銀が米国債を数十兆は買ってくれると、考えているのではないかな、

  そうなったらそれは日本とっては損失だし、それにどうも円はドルに対してだけ上がってきているから、それも変な感じがするな、狙い撃ちされているのだろうか?、


  自民党は前に書いたように、ペーパーカンパニーみたいなところだから、基本的に主体性はない、だから自民党の言うことは誰か他の人がいいたいことを言っている場合が多い、

  そうなると自民党が日銀に、ゼロ金利、量的緩和、ドル買い介入を迫っていたことと、連動していた可能性はあるね、

   
  しかしそもそも日本の貿易の主流は、アジアでありアメリカではない、アメリカの比率はそう大きくないのに、アメリカにこだわりすぎるのもよくはないだろう、

  今のような流れに乗って、もし日銀が量的緩和をして、また大量の資金を海外に流してしまうと、それが反転したときにまた急な円高になったりすれば、貿易国家としては不利益になりやすい、


  今円はドル以外に対しては多少下がってきているようだし、ドルにこだわりすぎないほうがいいような気もするんだが、日銀が下手に円を流すとさらに円高になる可能性もあるし、

  それに今騒がれているもののほとんどが、対米的産業ばかりでそれ以外の産業に対してはあまり情報が出ていないのも、どうもおかしいような気がする、

  
  となると狙いは、対米関係維持とアメリカの金融恐慌の押し付け、その二点が裏に隠れている可能性がありますね、


  しかし今となっては日米関係の利害は、対立関係にあるからアメリカと日本が同じ道を歩むことは基本的には出来ない、もちろん交渉や取引をしてフェアな状況を作ればそれは可能だが、そういうことをしないで一方的にくる限り、対立が悪化するだけだから、こういうアメリカの意向に沿うだけの流れは結果的に、日米関係を悪化させるだけなのだが、ま、現状ではないものねだりですかね、そんな可能性は、




   

  さて、それはいいとして今日は、武士の代用品、という事でも書いてみようかと、

  これも前回の続きになりますが、前回は武士制度をやめたことの弊害が、日本の本質的問題であり、その問題がいくらがんばっても結局日本がだめになる理由である、という事を書いたのですが、


  まあそれで今回は、つなぎみたいな話なもので、武士制度の代用品として現れたのではないかと思えるものについて、書いてみようかと、


  それで武士の代用品という事で、武士制度を否定した明治維新以降の日本の歴史は、否定したことによって混乱を招き、社会的な基礎の部分を失い、その代用品を求めたところがあるように見えます、

  それは色々あると思いますが、そうですね、まずは戦前の軍事体勢について書いてみますか、


  戦前の軍事体制は、武士の軍事的性質を良くあらわしたものであり、武士=軍人である、という錯覚を利用したものであって、それによって武士の喪失の欲求をうまく使ったものだといえるでしょう、

  しかし対外的な意味での武士というものはあまりうまく行っていないもので、どちらかというと武士の武というものは、国内の統治者を決める競争のような面が強く、対外的な戦争を前提にしていなかったところがあるようです、

  だから軍人が武士になれないように、武士も軍人にはなれないのだろう、対外的な合理的判断を重視して、社会的な意味を完全に喪失する軍人と、社会的リーダーを選ぶ武士制度では、似ているようだが方向性はまったく逆になる、

  
  戦前の軍事体勢は、武士と軍人が重なったようなキメラ構造を持った、一種の狂気だったのだろう、意思と存在の分離と重複、似て非なるものを合わせて見せることによって、権力の掌握ができたがその先がなかった、本質的意味を持っていなかった、そういう代用品のようなものだったのだろうか、


  戦後は、これは経済や企業に変わる、企業に対する忠誠、滅私奉公、国を武士に見立てることが不可能だとわかったから、次は企業や経済を見立ててみたというところかな、

  これは戦前よりはましではあるが、今の社会状況を見ればわかるように、商業というものは利を漁るものなので、社会や世の中のためにあるものではなく、金のためにあるものである、

  もちろんそうじゃなくさせることはできるが、そうしないほうが儲かる、

  今の世の中を見てみるがいい、昔より企業は儲け易くなっているがその分社会性は下がっている、


  結局のところ商業的方向性は、昔の武士のような社会性を持つには、私的すぎて、社会的要素として組み込むことはできないものなのだと思う、経済は社会をよくするために使うにしては、性質がきつ過ぎてうまく行かない、そういうことではないだろうか、


  ほかでもそうだな、教育もそうだろう、教育は武士制度に近いね、社会を知的化させようとしてはいるから、

  しかしこれも歪の中の一要素だろう、確かにある程度は教育制度にも意味があったが、これも結局日本人の中心への欲求に吸い込まれて、まともな形にはなっていないと思う、


  日本の教育は流れを作る意味があっても、それ以外の意味を持つことが薄い、例えば教育機関自体の意味というのを基本的に日本人は問わない、

  流れとしての教育、Aを出てBに進んでCへ行く、その流れの通過点としての意味を持ってはいるが、それ以外にはあまり意味を持っていない、

  つまり地に足が着いていなく、水のように流れているだけだ、それが悪いとはいわないが、それでは欲求のはけ口としての代用品であり、実用品にはなれまい、


  武士の喪失は実質的喪失てあり、代用ではなく実際の形としての代理がいる、それはそれなりに地に足の着いた、そして具体的な意味と結果を問われねばならないものである、


  多くの人間が気に入るからこそ間違いなのであり、武士制度をやめ潜在的欲求のある今の日本人に対して、その欲求に答えるようではいけない、それは簡単に失敗する、


  必要なものは地に足のついた日本人の明日を作る、具体的な意味である、が、その答えがあるかどうかはちょっとわからないですね、





    それでは、来週からは週一回になるので、次回は来週の水曜日になります、では次回まで。







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