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武士の空白、

    どうもこんにちは、



  今日はあったかいですね、明日からはまた寒くなるらしいですけど、あったかいと気分がいいです、


  それで、何かありましたかね?、二日間ですからあまりこれということはおきていないようですけど、聞いた話だと自民との内部勢力が、何かごちゃごちゃやっているようです、

  ナベツネとか詐欺師の小泉があれこれ言い出したとか、そんな話を聞きましたけど、


  まあそもそも小泉政権というのは、日本支配を独裁的にやろうという政権だったから、その結果自分の権力が消滅してしまうというのは、彼から見ればショックなのだろうな、

  国民からみれば当然なんだけど、彼らには理解できないんだろうね、



  昔も書いたけど、小泉政権が成立した原因は、歴史的流れがあって、アメリカは冷戦に勝った後に、冷戦の実質的勝者である、西ドイツと日本つぶしというのを考えて、
  
  ドイツは東ドイツとくっついて消耗したからいいとして、後は日本つぶしをどうするかがアメリカの戦略だったんだろう、

  アメリカが危険視したのは、日本がアジアの中に入ってリーダー的な立場に立って、アジアの時代が来ることを危険視したのだろう、

  そのためにアジア通貨危機で日本の足場である、東南アジアをつぶして、日本の逃げ道をふさいでそこから日本を食う準備をして、
  北朝鮮あたりと手を組んで、共同作戦できたのだろう、

  
  そのためにいろいろな勢力を集結させて、小泉政権という詐欺政権を作ったのだが、その勢力がバラバラになって収拾がつかなくなっているのが、今の状況なのだろう、

  日本を戦前のような軍事独裁体制にするというから、いろんな勢力が集まったけど、それが今となってはあだとなっているようで、


  なんだか良く分からないものね、自民党の言っていることは、何がしたいんだか意味不明だ、

  だから今は選挙がどうだこうだといわれるけど、それより先に自民党がいつまで存在するか、そっちのほうがどうも先に来そうな気はします、



    

  さて、それはいいとして今日は、武士の空白、という事でも書いてみようかと、
  今の日本、そして歴史的に見た日本の流れを見ると、明治維新以降はやはり何かが足りないという感じを受けるのです、


  しいていえば感情があるのに理性がない、勢いがあるのに落ち着きがない、そういう感じを受けます、

  そしてその原因を探ってみると、武士制度をやめたせいではないか?、と思ったので書いてみると、
  

  それで武士の空白という事で、戦前にしろ戦後にしろ共通しているのは、中枢に立つべき存在の欠落であり、戦前戦後ともに物事の中心に行くほど中身がなくなりやすい傾向がある、

  戦前の軍部では、その戦争の責任を取っている人間が居なかったらしい、不思議な話だがなぜか誰も戦争の責任者が居なかったようだ、

  戦後も同じで表層的に責任を取った人間はいても、根本的に責任を取った人間はたぶんいないだろう、まあ政治的にですけど、


  だから日本の歴史を見ると明治維新以降は、中心に立つべき存在がいない割には、やたらと派手に動き回っている時代なわけです、それは非常に強い中心への願望があるのに、中心が存在しないことによる歪を、撒き散らしていた時代でもあるような気がします、


  根本の考えがないんですよね、戦前も戦後も、何でそれがいるのか?、なぜそれが正しいのか?、それを誰も考えていない、

  本来ならば知的階級か、支配階級に当たる人間が担当すべきものが、そういう階級である武士階級がいなくなって、物事を考える層がいなくなってしまったように感じる、


  それがどんどん進んで、最近ではどれだけ表層的であるかという事しか、政治的に問われることはなくなってきているくらいだから、来るとこまで来ている感じはしますけど、


  武士制度は良いにしろ悪いにしろ、責任を問われる、問える制度であったが、明治維新以降は誰が悪く何故そうなのか?、そういう社会の基本的な考えが成立しなくなってきているように思う、


  近代化は複雑な社会構成を可能にするため、領主のようなトップではなく、全体に責任分担させ、その複雑な構成の維持をさせようとする、

  その考えと、武士が空白化して、社会の葉脈のような流れを持っていた武士制度がなくなったときに、両方の面から非常に大きな空白のようなものが生またのだと思う、


  武士制度自体はある程度の近代化を持っていたが、それがなくなって、それでいながら武士制度の総体である、江戸幕府のようなもののイメージだけが残って、ちぐはぐな社会を作っている、


  今の日本もそうだろう、結局のところこの国の中心はなく、誰もこの国の責任を取るようにはなっていない、
  が、その責任は国民には来るのに、その責任を理解して社会に説明するような社会的存在、昔の武士のような社会的知的階級もいない、


  高度化した社会は強固な国を目指し、同時に責任の分散と強固な個々の形成を目指す、
  民主主義はその一つの形ではあるが、その卵細胞が分裂していくような形は、今の日本においては成立していない、

  武士制度は社会を知的にするという面で、近代的な意味を持っていた、だがそれが失われた上で、武士というイメージだけが悪用され、日本の近代化を逆に阻んでいる、


  近代化とは社会の近代化であり権力の近代化ではない、が、武士という力のイメージが、権力の近代化に利用され、武士本来が持っていた社会的近代化の側面が失われている、

  これでは逆の近代化であり退化であろう、だからこの流れを反転する必要があるのだが、いまさら武士制度は作れまい、となるとどうなるのかがこれからの日本の課題であるような気がします。





    それでは、今は週二回ですので次回は来週の火曜になります、では次回まで。






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