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何をもって富となすか、

    どうもこんにちは



  世界が混沌とし、見上げれば馬鹿ばかり見え、悪事が蔓延し、悪党がふんぞり返ると、いやはや世も末といった感じですが、

  いつの間にか落ちるとことにまで落ちてますね、日本も世界も、どこかで道を誤ったのだろうかな、


  アメリカで起きつつある金融恐慌、 なんか危ないですよね、AIGは救済されるといわれていたのに、株価はどんどん下がっているし、おかしいね、救済するという発言があったのに大幅に下がるとは、、、

  そこまでアメリカ見限られているのかな?、その代わり金や原油は上がっているから、株式という制度自体を否定して、現物的な存在するものだけを認めるような、世の中が来つつあるのかな、

  だとしたらそれは恐慌以上の恐ろしい問題ですよ、だって株式等の金融が成立しないのに、どんどん物の値段が上がって、インフレが進むのだから、これじゃ経済成立しないでしょう、資本主義経済の崩壊が起こるわけで、これがおきたらかなりひどいね、


  まあそこまで行くことはないと思うのだけど、ここ数週間が勝負というか、世界の命運を分けそうな感じはしますね、


  後は事故米の問題ですが、実際は薬物に汚染されていたのだから汚染米といったほうがいいようですけど、

  マスコミを見ていると、どうもなんだか部分的な話に持っていこうとしているようだけど、この話はかなり胡散臭いですね、
  そもそもこの話の元になっている、ミニマムアクセスというもので輸入した米自体がおかしいわけで、輸入量の義務のない米が、なぜこうも多く輸入され、そして年々輸入量が増加しているのか、

  もともと国内は米あまり状態であり、需要は大してないはずだし、工業用とは言うが、工業用に米を使う理由はあまりないような話も聞いたことがある、

  量が少ないならわかるし、量が一定量ならまあそういうこともあるかもしれないと思うのだが、なぜ何十万トンという量が年々倍増するように増えてきているのか?、

  しかも在庫は一時に比べると半減しているらしい、 
 
  話をまとめると、まず需要がないところで、供給がどんどん増えているのに、在庫が減っている、 この三つが合わさるのがミスマッチな感じがするんだが、

  だからなんとなく何だけど、このミニマムアクセスで輸入した米は、まともに流通してないんじゃないかって気がします、横流しか、何かに混ぜて水増し用に使っているか、そういう用途が結構多いんじゃないかな、

  今回騒動になっている三笠フーズという会社は、汚染されている輸入米を日本産と偽って売ってわけで、そもそも日本産だと偽っていることはなんとも思っていないわけだから、日本産と偽るレベルだったらもっとやっているところが多いのではないか?、


  そういえば少し前に有名ブランド米に、安い米を混ぜる騒動があったが、それと関係があるのかな、今回の輸入米は役所も甘くて、ほとんど審査していなかったというから、悪事をするにはうってつけの米だったのだろう?、じゃあほかの可能性もあったのかもしれないな、

  まあ役所は情報隠蔽と、生け贄を差し出してごまかそうとしているけど、このミニマムアクセス米には、500億くらいの金がかかっているし、どうも利権のにおいがするのだが、役人の動きが活発なのもおかしいし、何かあるのかな?、

  自民党は総裁選だなんだと馬鹿騒ぎをしているが、この問題だけでももうだめだろうな、上からは金融問題、下からは米問題か、不思議な組み合わせだが、このサンドイッチによって押しつぶされた残骸が、新しい政権になるんでしょかね。





  さて、それはいいとして今日は、何をもって富となすか、ということでも書いてみようかと、 
  まあ前回の続きみたいなものですが、前回は今の経済は虚構性が強く、実態ともないわないので意味が薄く、そのため経済的に信用を得づらいので、その結果今まで富と思われていたものまで信用を失って、洗脳的に成立していた経済概念、もしくは富の概念を大きく変え、それが何かを変えるのではないかということを書いたのですが、

  ではそういう状況ではなにが問われ、なにが必要とされるのか、ということについて考えてみたので書いてみると、


  それで何をもって富となすかということで、今の世の中というものは何が豊かさであるのかが分りづらく、例え大金を持ったとしても、あまりいい気分にはなれないだろう、なぜならそのお金は意味がはっきりしないから、

  昔は社会対比としての豊かさというものがあったが、今は比較のないまま豊かさが増幅している、そうなると何がなんだか分らない、

  経済そのものの膨張は数値的上昇を生むが意味の増大は生まない、つまり意味が薄くなった分だけ、経済的な富が増えていく、

  そういう状況では富も経済も存在はするが、その意味がはっきりと確定しないので、奇妙なものになる、


  ゼロと無限は似ているというがそれに近く、無限増加する富の流れというものは、富が究極的に消滅しつつあるのと、どことなく似ている、

  富というものも要(よう)は方向性であり、例えその方向性に進んだとしても、その方向性自体に意味がなくなってしまえば、その努力に意味はないのである、

  今までの日本は豊かさを目指していたが、しかし今のような豊かさの方向性が見づらい社会では、ただ豊かさを目指してもうまく行くかはわからない、


  そこで必要になるのが何を豊かさにするかという、豊かさへの再定義であり、何をもって富となすのかをもう一度考え直さねばならないところに、今の日本はいると思う、

  豊かさが豊かさではないというのは、日本においてはグローバル経済の虚構性と、日本の経済の限界によるものの二つによって、日本では豊かさというものの定義がかなり難しいものになっており、それが今の日本の混乱の原因の一つではないかと思っている、


  結局のところ、人の感じるものの中に人の世界があるのであって、そういう意味で言えば豊かであるか否かというものは、常に変わり行くものであり、明確には分らないものである、

  だから時々人々は立ち止まって今進んでいる方向性、豊かさを目指していることが、本当に豊かさを目財しているのか、考え直す時期があるのだろう、そしてたぶんそれが今なのではないだろうか、


  まあとにかく何をもって富となすかというのは、世界経済もそうだし国内経済もそうですが、経済的豊かさといわれるものが、実際として豊かさになっていない現実があり、どちらかといえば今言われている豊かさへの道というものは、社会的には貧しさを招いているだけに見えるんですね、

  それを考えると、今まで豊かさといわれいたものが、実は今となってはそうなっていなくて、逆に社会を貧しくするものになっているのではないかという予感がするのです、

  ですから今の状態では、まず豊かさをどう定義するか、どう捉えるか、そこの目安のさじ加減によって、色々大きなものが決まっていくような気がします、

  今は方向性を見出すことが重要な時代であり、まずそれができないと何もできない、豊かさですら探さないと存在しない、そういう状況にいるようなそんな感じがします。
  





    それでは、今は週二回ですので次回は来週の火曜になります、では次回まで。






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