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流動世界、と、形成世界、

    どうもこんにちは



  最近は北京オリンピックが大騒ぎなんですかね、あまり見ないのでよくは知らないのですが、聞いた話だと野球の日本代表が丸坊主になったとか、どうやら彼らの中では高校野球とオリンピックがごっちゃになっているようだけど、まあ似ていはいますかね。


  オリンピックというとあとはあれかな、アメリカが今回あまりぱっとしなくて、中国とか南米のほうの国が活躍しているらしいから、そういうのを見ていると今回のオリンピックが、アメリカの凋落の演出になっているようには感じますね。

  昔の東京オリンピックも、日本の敗戦が終わったという演出であったらしいから、オリンピックというのは、歴史を演出するという意味もあるようで、今回のオリンピックはアメリカの凋落と、中国の発展が演出的狙いなんだろう、

   
  ただそれがどうなるかというと、よくわからないから、時代の夜明けが来たというよりは、日没が来て何も見えなくなったような、そういう感じは受けます。
    

  あとは、少し前にNHKのドキュメンタリーで、昔の日中戦争で、関東軍が暴走したのは、アヘンが原因だったというのを放送していたのですが、

  太平洋戦争の敗因は何より日中戦争であって、中国と戦ったことはメリットが殆どなかったらしく、満州国に関しても日本の持ち出しがかなりひどかったらしいが、では何でそんなメリットのないところを攻めていたのかと思っていたのですが、


  どうやらその原因が、その方面に展開していた関東軍による麻薬売買が主たる原因らしく、麻薬売買のルート拡張のために攻めていたらしいようで、日本が制圧した地域で麻薬を売り払って、その金で中国で作った傀儡政権の運営をしていたらしい、


  日中戦争の戦局が拡大していたのは、より多くのエリアで麻薬を売るためだったらしく、そうしないと軍事費や傀儡政権の維持ができなかったらしい、
 
  そしてそのトップにいたいのが、東条と言う人物で、この人は戦犯で裁かれたけど、やはりそのあたりの麻薬マネーでのし上がったんだろうな、

  そのドキュメンタリーを見て思ったのですけど、戦争の原因が麻薬にあったというの驚きますね、今の自民党と一緒で利権のために国を滅ぼそうとしていた、というのが当時の軍部の本性だったんでしょうかね。





  さて、それはいいとして今日も相変わらず二本立てで、まずは、流動世界、ということでも書いてみようかと、意味不明なタイトルですが、別に難解な話というわけではなくて、今の世の中はどうなっているかという話なのですが、


  それで流動世界ということで、今の世の中は経済の変動、概念の流動、意味の変遷、という変化の流れを主とした、流れの強い世の中ですが、 そういう社会というものは、全体像としてはどのような意味を持つでしょうか?、


  昔話になりますが、冷戦時の冷戦構造とは世界の固定的分離という意味が強く、例えば共産圏に入ってしまうと、そこから出ることは難しく、資本主義陣営もそうですが、昔あった冷戦というものは構造的分離を固定化する、そういう方向性だったわけです。

  しかし冷戦はその硬直した形ゆえに崩れ、崩れたことが流動性を招いた、だから今の流動的社会は冷戦がなければ存在していなかったものであり、そういう意味で言えば冷戦構造が崩れていっていることが、今に時代の流動性の原因だといえると思います。



  例えば中国と商売をする、昔だったらいろいろあって問題が多かったらしいけど、いまだと普通ですよね、他でも冷戦時ではできなかったことができるようになって、冷戦という形が崩れ、その崩れていく過程に流れが生まれている、

  冷戦が崩れたからアメリカも崩れた、アメリカの持っていた絶対権力が崩れたのは、冷戦が終わってアメリカの必要性が下がったことが大きいでしょう、

  世界の経済も冷戦という全体構造が崩れたので、地域ごとのつながりが強くなり、結果として地域ごとの経済政治的つながりが、多くの場合の政治的流れになっている、



  アメリカが少し前テロとの戦いという話も挟んでですが、新自由経済圏のようなものを目指していたが、それも冷戦構造が崩れ、自らの立場が悪化することを防ぐため、強引に自らの経済圏を造ろうとした、という判断が下地にあったように見える、

  しかし冷戦とは究極的に世界を硬直させ、文字通り氷づけにさせるような政策であったので、その反動が強く、アメリカの力をもってしても流動世界をとめることはできなかったといえよう、


  ではその流動性も永続的なものであるかというとそうでもない、もしそうならば新自由主義的な発想は成り立ったはずであるが、失敗してしまっている、
  新自由主義的発想が、なぜ成立し何故失敗したのかというと、新自由主義はグローバル的な流動経済を目標にしたものであるが、ただあまりに流動性が高すぎたので、非現実的なものになって、それに対する否定が高まったことが失敗の原因だといえる。

  つまりグローバル経済を軸にした、新自由主義的な発想は、その流動性の限界があることを考えていなかったので、失敗したのだろう、


  だから新自由主義的発想も半分くらいは、当たっていたといえるのだけど、流動性に対するコントロール方法を考えていなかったことと、流動性の向上というものが、均一的な分散世界観を生み、世界がフラットになっていって、それが流動性のブレーキになることを考えていなかったんだろう、


  金があるということは、余分な金がたくさんないと金は回らない、だから均一的で世界の経済が分散的にそれなりになると、金回りは返って悪化するわけで、よく言われるように格差がないと投資や経済の回りが悪くなる、

  新自由主義は流動性を軸にするので、この格差を大きくして余分な金を大きくして、金回りを大きくして、投資循環を考えて結果的に特定資本や、特定国家の支配権の拡充を狙ったのだろうが、

  あくまで元々の流動性が、全体のつながりを目指したものであったので、全体がそれなりに生きれるようになってくると、金回りが悪くなって潰れたんだろう。



  まあとにかく流動世界というのは、今の世の中というものは冷戦という硬直した世界からの、融解による世界の液状化によって、冷戦構造を崩すような流動性が高まり、それがどのような世界を作るかという話なのですが、

  ま、それを考えてアメリカは新自由経済圏とでもいえる、流動性の高い自分を中心にした形を目指したが、

  しかし流動性はそもそもが冷戦構造から、世界がつながるフラット化した世界を目指すものだったため、アメリカを中心にした形すら崩してしまい、その野望は頓挫したということ。

  まあ流動性の強い世界がなくなることはないだろうが、社会が形成されていけば流動性だけの世界は成り立たなくなる、では次にどうなるかということになるわけですが。


    


  さて、それでは次に、形成世界、ということでも書いてみようかと、前回は冷戦が終わったことが、硬直した世界から流動的な世界を作り、それがグローバリーゼーション、新自由主義経済圏とでも言うような、非常に流動性の高く、お金の流れの激しい世界を作ったのですが、

  しかしそれは同時に、形がないということは、好きに形を作れる世の中を作ったともいえ、結果的に世界はそれぞれがそれぞれなりに,物事を組み上げて行くような分離的な形を生んだわけです。

  流動性を信じた新自由主義者の考えは、ある程度は当たっていたのだが、流動性が最終的にどうなるのかを考えていなかったため、流動性だけを信じた新自由主義的発想は、失敗してしまったわけです、


  ではその次に来るものは何か?、ということでも書いてみようと思っているのですが、


  それで形成世界ということで、相変わらず答えがタイトルに書いてありますが、これまでは非常に流動性の高い世界でしたが、その流動性が結果的に新しい世界の形を作り、作り出した形が見えた以上は、これからはその形の形成が今の世の中の世界論の一つの形になるのではないかと思います。


  世界はどう作られるだろうか?、今まではそういう発想はなかった、冷戦は作らされるものだったし、新自由主義はただ流されるものだった、主体的に考えることができないという点では、二つとも同じものであったので、今までの世の中では世界を作るという発想は基本的にはなかった。


  今までは理想ではあったし、宗教でもあったが、現実理論においての世界形成というのは、夢物語でしかなかった、
  しかし今はそれが具現化してはいる、どうなるかは分らないが、そういう可能性は十分に可能なレベルで存在してはいる、


  だからこれからは世界形成、それをどう眺めるかが長期的な世界論になるだろう、流動性が高いということは形成もしやすいといえ、岩を形成するよりは粘土を形作るほうが楽なように、今のようにやわらかい世界ならば、作り出すことも生み出すこともある程度はできる。


  今は、流動性が基本だが、流動性自体は人の役には立たないものだから、流動性を利用して形を作ったり、流動性の最終的な形を読むことによって、今の世界に対する考えや意味捉えるべきだろう、


  だから今は、流動性の向こうを見るべきなんだろう、流動性は過程に過ぎないものなのだから、それを良しとしても、それを目的にしても意味がないのだし、目の前に流動性があるからといって、それを考えるのは間違いになりやすいとだろう。

  

  まあとにかく形成世界というのは、冷戦が終わって流動性が高まってきはしたが、そもそも流動性とはそれ自体が人の役に立つものではないのだから、やはり流動性による世界形成のようなものを、長期的考えておいたほうがいい。
  
  そして現実的にある流動性の流れと、その向こうにある形成的なビジョンというかな、その二つの調合性を取りつつ、全体像を捉える必要があるのではないだろうか、

  たぶんこれがこれからの人類全体の、考えるべき話になるだろう、実際に起こっている流動性と、それを形に変える形成論、その二つを上手く調整できたところが、これからはうまく行くのではないかと思います。





    それではそろそろ戻してもいいのですが、ひとまず国会が始まってからまた書こうと思っているので、次回も週一回で、来週の水曜になります、では次回まで。







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