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戦艦大和と新自由主義、

    どうもこんにちは



  なんだか書く回数が減ってしまって、手抜きのようですまないのですけど、ちょっと用があるもので、、、

  それで、なんですか自民党が道路建設計画を強行採決した?でしたか?、なんかそういうことをしたらしいけど、一般財源化とか言ってますけどね、まあ嘘ですから信じないほうがいいですよ、


  自民党としては、一般財源化してさらに増税しようといっているけど、増税分は確かに他の用途に向かうかもしれないが、それでは言っていることの意味が分からないだろう、

  何故なら、なんでガソリンからそこまで税をとるのか、ってことになるじゃないですか、そこまで税金を取っていい対象ですかね?、だから自民党の言っていることは、道路財源は一般財源化はしないが、増税をしてその分だけ他にまわすかもしれないけど、その分も利権に使う、そういう意図だと思う。


   結局馬鹿な犯罪組織なんだよ今の自民党は、自分の言っていることが分かってないだよね、多分今の自民党は自分が何をしているのか、何を言っているのか分かってないと思うよ、そんな常識的な組織じゃないし、頭のイカレた連中の集まりだと思う、

  たぶん自民党とともにこの国は滅びるか、それに近いところに行くと思う、日本人は感情的な民族だから、問題が起きた場合は大体助からない、戦前の問題にしてもようは日本人の性質が問題化しただけであって、それは今も変わらない、
  
  だから今でも自民党がまともな組織だと思っている人が多いでしょ、違うんだよね、根本的に、しかし情緒的な日本人、感情的である日本人には、その考えを切り替えることができないんだな、だからそのまま死ぬしかないんだと思うわ、

  人がなにかをするのではなく、メカニズムや機構が合理的な意味を持つと考えない限り、高次化高度化はできない、だからこういうことを認めるというのならば、日本人は自民党という腐った組織を認める劣った民族である事にはなる、

  情緒的であることは低次な事なのだから、そういう低次元で考えている限り、日本がおかしな劣った国であったとしても文句はいってはならない、こんなくだらない騒動を認めるのならば、日本は低レベルな民族として生きるという自認をすべきであろう、





  さて、それはいいとして今日は、戦艦大和と新自由主義、ということでも書いてみようかと、奇妙な組み合わせですが、歴史的過程から見て戦後という時代と戦前という時代は、非常によく似たところがあって、その終わり方にも似通ったところがあるように思います。

  いまは戦後の終わりですが、戦前の終わりは、異常な精神論の狂った戦争状態になりましたけど、それって最近言われる新自由主義論とよく似た状況にあると思うのですね、
  では、戦前の終わりと、戦後の終わりの類似性というものはどのようにあるのか?、そういうことでも書いてみようと思っているのですが。


  それで戦艦大和と新自由主義ということで、タイトルがずいぶん変わっていますが、戦前の終わりの象徴といえば戦艦大和、そして戦後の終わりの象徴といえば新自由主義、だと私は思っているのです。

  戦艦大和は巨艦巨砲主義的な日露戦争の成功神話を信じた、一種のくるいだったわけですが、それは今の世の中における新自由主義と、よく似たものであると思います。


  戦後という時代は生産性と成長性を軸にした、拡張膨張の時代であり、経済を大きくすることが最大のメリットを生むという時代だったわけですが、しかしそれがだんだん不可能になってきたところで、新自由主義が入ってきた、

  新自由主義は戦後的に見れば目新しい論のように見えますが、実際のところ生産性と成長性の過剰化を目指したものであり、いわば戦後論の究極形といっていいものでもあります。

  そしてその新自由主義はこの国を破壊し、多くの人々を不幸にし、そして命を奪った悪魔のような論だったわけです。


  しかし、新自由主義が始まったころ、多くの人々は否定はせず、それでいいと考えていました、小泉政権のような詐欺行為が成り立ったのを見ても、最初のころ新自由主義を否定していた人は少なかったと思います。

  今となっては新自由主義=悪となっていますが、昔はそんなに否定せず、肯定的意見が多かったわけです。


  その元にあるのは、やはり戦後という時代、その時代は資本主義的な方向性が強かったですから、それがうまくいったのだからもう一歩進めても良かろうと、多くの人が思ったのでしょう、 しかし、日本は資本主義から社会主義的な方向性への、移行の状態にあって、そういう状況でさらに資本主義的な方向性である新自由主義を行ったのは、この国に何らかの止めを刺してしまったように見えます。


  昔、明治維新以降、日本は軍事的な方向性を強め、船による遠距離射撃で日露戦争に勝ったのですが、その後戦闘機の性能が上がり、軍事的な方向性は船から飛行機へと代わって行ったわけです。

  しかし当時の軍部は成功神話を信じ、それ以外を否定し、船による遠距離射撃でどうにかなるだろうと考えてしまい、戦艦大和のような奇妙な船を作ってしまったのです。


  もし当時、日本の軍部が軍艦ではなく戦闘機主体の軍事的な方向性を持っていれば、巨大な戦艦をやめて戦闘機主体の戦術を取っていれば、ああなることはなかっただろう、

  まあそれでうまくいったかというと、これは難しいようですが、しかし成功神話を信じてそれが過剰化して、ひどい失敗を生む、という点では昔の軍部のやっていることと今の政府のやっていることは、ほとんど同じことだといえると思います。


  昔うまく行ったことを信じ戦艦大和を作り、昔うまく行ったことを信じて新自由主義をやる、この二つはほぼ同じことだと思います。


  ですから、これから日本人が学ばなければいけないことは、物事には変わり目があるということを学ばねばならないのだと思います、 日本人の民族性は永続的未来、というものを信じやすいところがあり、これは宗教観か何か、そういうものから来ているのかもしれませんが、まあ鎖国をしているのならいざ知らず、今のような世の中では未来とは永続せず、未来とは断裂しているもの、と考えねばならないでしょう、


  いわば西洋の優れている点はこの一つで、西洋文明は未来の断裂を信じているということ、西洋は分裂的な考えをよく持つので、そういう時代の断裂というものに対して、対応力が高い、

  そして日本はこの時代断裂に対する適応の高い、西洋と常に対峙することになる、これに対して何らかの形で勝たなければ未来がないのは、開国して以来続いていることではあります。

  それは東洋思想はいまの時代には合わない、ということなのかもしれませんが、今は永遠に続くときの流れではなく、一秒一瞬の流れを読み、それに対処していく方向性が問われている時代なのだということを、考える必要があるのではないかと思います。





    それではすいませんが来週も、まだちょといろいろありそうなので、週一回にしたいので、次回は来週の水曜になります、では次回まで。


 





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