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正統性の局所性、

    どうもこんにちは



  山口の補選のほうは多少民主党リードのようですが、さてどうなるか、まだ分からないですね。

  今回の選挙は自民公明としては利権を守りたいので、いろいろ嘘をついていますけど、ではまずそのあたりのことでも書いてみますか、


  一つ目が、福田政権のいっている道路特定財源の一般財源化、福田という人物は来年から一般財源化するといっていますが、これは完全に嘘でしょう、

  そもそも一般財源化というのは、一般会計に入れるという意味だから、そうなるとそこに入れた時点で、道路のために予算を使うという事はできなくなるわけです。


  一般財源化というのは予算の縛りをなくす、という意味なわけでそうなると一般財源化しつつ、それを道路のために使うと言うのは矛盾しています。

  この考えは結局のところ、言葉のひびきを利用したプロパガンダなのでしょう、多くの人はそれほど情報を深く見ませんから、表層情報で一般財源化といっておけば、国民は騙せるだろうというのがこの一般財源化の本心でしょうね。

  つまり一般財源化などということを、与党は一度も考えたことはなく、すべて嘘であると考えるのが正しく、それ以外の考えを持てば彼らに騙されるでしょう。



  次に、最近テレビでやっている、道路特定財源が止まったので問題が起きている、という映像等の話はどうやらこれもペテンのようです。

  なぜかというと自民党と公明党と国土交通省が組んで、地方自治体に予算を出さないように圧力をかけているらしいのですね、


  で、自民党と公明党は予算を出させないように圧力をかけて、それをたぶん税金で買収したマスコミに報道させ、こんなに問題が起きているんですよ、とやっているらしい、

  (//だからなんだか聞いた話では、そういう圧力で何でもかんでも予算を止めてしまって、批判が起きているようですが。//)



  もちろん予算が足らないという問題はありますが、実際はそう大きな問題ではなく、対処自体は可能ではあるようです、まあそれが問題ではないとはいいませんが、しかしそれを逆用してわざわざ騒ぎを起こして、国民に迷惑をかけるようなやつらは信用できませんね。


  後は前回書いた、後期高齢者医療制度と公共事業の関連性、ということについては、これがこれから考えていかなければならなくなる問題だと思います、

  たとえばこれから十年くらいの高齢者の医療を考えると、すごい勢いで費用が増えてくるでしょう、団塊の世代の方々もいるし、そういう人たちが年を取って医療費が上がっていくと、とんでもない額になるのではないでしょうか、 


  それに対して財源はどうするか?、消費税とよく言われるけど、この税制は輸出関連企業を重視する税らしく、社会保障には向いていないでらしい、

  そうなると法人税か所得税だが、これもあまり上げるとよくはないので、これだけだと厳しいでしょう、

  そうなってくると他の財源から持ってくることになる、となれば公共事業の予算も取ってくるしかない、


  だから今言われている公共事業の予算が、一年だけだったら多少はいけると思うのですけど、十年間どうするか決めちゃうわけですから、この予算成立はいずれ大きな問題を生むでしょう、この予算を認めると将来多くの人が死ぬことになると思います。



  今の日本で社会保障をしようとするのならば、法人税所得税を引き上げて、その上で予算の柔軟性を持たせるために、硬直した予算である特別会計をなくし、予算の一元化をし、また役人の天下りをなくして無駄な予算を一掃する必要がある。

  それをやっておかないといずれ今60歳以上の方の将来は、社会保障が受けれず、死ぬしかない状況に追い込まれる可能性が高いのではないでしょうか、道路建設計画が今年から始まって、それに合わさるように後期高齢者医療制度という高齢者を殺すための制度が始まってくる、これは偶然ではないでしょう、自民党と公明党はそういう計画を立てていた様に見える、

  だから公共事業をするためには高齢者に死んでもらわないといけない、というのは自民党と公明党にも分かっているはずなんだが、それをあえてやろうという強い意志を持っていることは、これをさらに強めようと考えているとみていいのではないか、


  それがどういう未来を描くか?、そのあたりを考えつつ今の政治を見るべきではないでしょうか。







  さて、それはいいとして今日は、これは補選とは関係ない話なのですが前々回の続きで、、正統性の局所性、ということでも書いてみようかと、いつの世も何々が正しい、何々が正義だと、正当性の奪い合いとでも言いましょうか、正統性を持とうという争いが絶えませんが、ではなぜ正当性はそんなに価値があり意味があるのか?、まあそんなことでもちょっと書いてみようかと思うのですけど。


  それで正当性の局所性ということで、今回書こうと思っているのはアメリカを例を見ても分りますが、何らかの正当性を得ようというのは、いつの世も人間の欲望としてあるようで、人間の弱さの裏返しなのか、正当性争いというのはいつもあるわけです、

  ではなぜ正統性があるといいのか?、これはちょっと考えてみれば分かりますが、正当性というのは権力になりやすいのですね。


  そもそも正当性というものは、タイトルにも書いてありますが、すべての人間にとって価値のあるものというのは少なく、大体に於いて、特定の人間にとってしか価値のないものがほとんどなわけです。

  例えば宗教なんか利害としてだけ見ればですが、上の人間以外にメリットがあるようにはなっていませんよね、下のほうにいる人間は搾取されるだけですから、

  常識的に考えればこんな形は成り立たないはすなのですが、宗教には正当性があるので、これでもよくなってしまうわけです。


  人間は不思議なもので常に正当性を求めますが、実際のところそういう衝動が意味を持つことは少なく、ほとんどはデメリットでしかありません、それでもあえてそれを望むというところに、正当性というものの魔力があるのでしょう。


  さて、では話を変えて、今の世の中プロパガンダ的な傾向が強い世の中ですが、そういう状況下で正当性はどういう意味を持ちそして価値を持つでしょうか?、 正当性というものは局所的な権限の強化という意味しか持ちません、だから何かが正しいといっても多くの人の幸せにはならないのです、

  そういう観点から考えてみるに、今の世の中における過剰な正当性の流れは、たぶん日本人を不幸にしかしないでしょう、なぜなら正当性というのは一部の権力機構を生むためにあるものであって、全体的なメリットを生むものではないからです。

  真実であるならば別ですよ?、しかし真実なんてものは人間そうそう見抜けるものではない、だから普通に現れる正当性は何らかの権力機構のためだと考えていい、

  
  まあだから、なんというか、人間には正当性を信じようとする衝動があるが、しかし、一般的に現れる正当性は権力機構のためにしかならないもので、ほとんどの人にとってはデメリットでしかない、ここら辺を正しく見ておく必要がある、

  その上で、今の世の中や社会を見渡してみて、さて何が見えるか?、何が分るか?、そう実はこっちのほうに正当性があるのであって、つまり一般的な正当性を否定したときのみ、本当の正統性が見えるように今の世の中はできている、  

  そのあたりの形を考えてみたらどうかな、と思ったのでちょっと書いてみたのですが。






    それでは今は変則的に週三回になっていますので、次回は金曜日になります、では次回まで。






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