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変化は戻せなければ使えない、

    どうもこんにちは



  少し前に今週はアメリカの経済が崩れるのではないか、と書いたのでどうなるのだろうと思っていましたが、まだ今日はそれほどではないようですね、これから重要な決算の発表があるらしいので、それを待ってからということなのかもしれませんが、

  ただ予測だとかなりひどいものらしいので、アメリカの減速は止まらないでしょう。    

  あとそうなると日本はどうなるのかな、と思っていたんですけど今日の日本の株価は上がってますね。  調べたところによるとヨーロッパからの資金が入ってきたようで、その分上がっているようです。


  今の日本の経済に対しては悲観楽観論がありますけど、それは言っていることは一緒で、米中の経済がおかしくなってそれによってどうなるか、そこで意見が逆になるんですね、

  つまり米中の悪化に引きずられて日本が悪くなる、というのが悲観論、そして米中の悪化によって相対的に日本がよくなる、というのが楽観論、どっちもいっていること自体は同じなんですが。


  そして今の株価の上昇はこの楽観論が起きている可能性がありますね、米中を忌諱した資金が日本に流れてきていると、 しかしこうなっても金融関係者以外にはメリットはないでしょう、投資は具体性を持たないのであまり価値はありませんから。


  やはり金融にしても投資にしても、ベースにあるものの活性化という意味しかないので、それによって問題が解決する可能性はないので、過大な期待はしないほうがいいと思います、ただ活性化をしてくれるものなので使い道はあるのでしょうが。



  で、話が変わって最近は書くべきことが多いので、話の繋がりが変になってしまうのですけど、今月になって道路特定財源の暫定税率がなくなり、ガソリンが下がりましたが、与党としては利権をあさりたいので強引に戻そうとしているようです。

  その大義名分として山口で行われる国政選挙の補選がありまして、与党としてはこれに勝てば、ガソリンを上げる民意を得たと言おうとしているようです。


  しかしたかが一つの選挙区の、ほとんどの国民が参加できないものを民意といわれても困るわけですが、 まあとにかくこの選挙で勝ってガソリンを上げようとしているようです。

  そしてその選挙で自民党が押しているのが山本という人物で、この人物は耐震偽装問題の主犯らしいのですね。


  そもそも耐震偽装問題は政府のやった国家犯罪であり、一企業がやったものではないらしいです、 耐震偽造というのはマンションの鉄骨やコンクリートを減らして、スカスカな建造物を安く作って売るという詐欺行為だったわけですが、


  詐欺行為ですから詐欺をしたやつが悪い、そういう企業が悪いとマスコミはそういう結末で茶を濁しましたけど、実態としては自民党と国土交通省と企業がぐるになって、耐震基準を改ざんできるように制度をわざと変えて、儲かった企業からバックマージンをもらって役人や自民党のやつらが儲けた、というのが真相なようです。


  そしてその犯罪行為の主犯が、いま山口の補選に自民党から出ている、山本という人物らしく、盗人猛々しいというのはこのことを言うのでしょう。

  まあ国の大事の選挙に犯罪者まがいの人間を出すあたり、自民党が実は政党ではなくてただの犯罪組織に過ぎないことを、公言しているようなものですが、

  さてこの選挙どうなりますかね?、ただほとんどの国民が関与できない選挙を民意というのは無理があるので、この結果がどうなったとしてもこじれるでしょうから、どっちにしろ福田政権はもう終わっているような気はしますけどね。





  さて、それはいいとして今日は、変化は戻せなければ使えない、ということでも書いてみようかと、最近の論調ですと、変化の継続性、そして変化の最大化こそがこの国を良くする鍵である、という話が多いですが、ではさて永遠に続く変化とは何でしょうか、永遠に続く変化というのは分りやすいようで分りづらい、でまあそこらへんの事についてあれこれ考えてみたので書いてみると、


  それで変化は戻せなければ使えないということで、私自身にも説明しづらい概念なのですが、変化とは何か?と考えたときに、ある種変化という考え方には矛盾があることに気づいて、それは何かというとこれは変化であるといったとき、その変化というのは明確に分っているわけですから、ある種変化ではないわけですよね、パターン的なものですから、

  もちろんパターン的な変化というものもあるでしょうが、パターン的な変化というのは変化というよりはパターン的なもの、つまり非変化的なものといっていいわけで、そういうものを変化と呼ぶのは何かおかしいような気がしたのです。


  それで、変化とはなんだろうと思っていたのですけど、そこで思ったのが変化というものは真実との差分ではないかなと思ったのです。

  いやなんだか変なことを書いていますが、そもそも私がこういうことを考えたのは、少し前に変化こそ正しいのだ、改革こそ正しいのだ、と詐欺行為を繰り返していた犯罪政治家がいたのですけど、まあ確かにね、変化が必要ではあるわけですよ今の日本には、だから変化をし続けるのが正しいというのは理論的には正しいわけです、

  しかし実際的に見るとその考えは完全に間違った考え方であり、まったくうまくいっていないわけで、この矛盾はなんだろうというのが今回書いていることの根本にあることなのですけど。


  そういうことを考えていて一つ思ったのが、変化というのは確定しないから変化であり、これを変化であるといえばそれはもう変化ではなく、非変化なわけです、 つまり変化というものは目的化ができないものであるということなのではないのかと。

  だから変化を明示するというのは変な話であり、変化へ進むべきだというのも変な考え方なわけです、


  そしてそうなると変化とはなんだろうと、また最初の問いに戻ってしまうのですが、そこでタイトルにあるように変化とは戻せないと使えないものなのではないか、と思ったのですね、 いわば最近はあまり使わないですけど、車のギアみたいなもので、変動させることを前提としたものであって、固定的なものに変化という意味を持たせてはいけないんだな、という事と、

  もう一つが変化を戻せないと、というのは例えば戦後という時代はそもそもがなく、この世になかったわけですが、それは変化によって生まれたのですけど、同時に変化によって生まれたものは無に返せないと使えるものではないのではないか、そういうことも思ったのです。

  つまり変化というものは、明確な固定的なものであってはいけない、そしてそれはいつでも無に帰せなければいけないもの、もしくは使えないもの、そういうものではないか、とそんな気がするのです。


  この世は変化し続けますが、しかし人間はそれに常についていけていない、だからそれをごまかそうと変化を固定化しようとする、その結果が変化を目的にして方向性にしたり、変化を固定化してそこにとどまろうとする、しかしその二つは変化ではなく非変化である、だからそういうことをしていると時代に乗り遅れわけの分らないことをしたり、考えたりし始める。


  変化とは、何もない原点からの一時的な動きであって、最終的には無に帰る物である、そう最終的にはすべては無に帰る、それは無に戻るといってもいい、

  そして原点に戻ってまたどこかへ行く、その繰り返しがこの世の原理であり、その反復性がこの世の永続性を保っている、

  だからこそ今の日本においても、この変化という考え方、戦後という無からの一時的な動きを元に戻しつつ、原点からまたどこかへ、それが一時的なものであっても、進ませていく、まあそんなことをしてみる時期ではないかなと思ったので、ちょっと書いてみたのですが。





    それでは今は週二回ですので次回は木曜になります、では次回まで。






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