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市場としての政府、

    どうもこんにちは



  四月になっていろいろと変わってきましたが、なんだかあまりにいろんなことがあるので、最近はよくわからなくなってきているのですけど、まあなにかそろそろ起こるのではないかという予感はします。

  起こるといえば、聞いた話なのですけど、来週辺りに経済の大きな動きがあるらしく、アメリカ経済が急におかしくなるとかそんな話を聞いたことがあります。


  最近のアメリカ経済は、サブプライム問題で消費が急激に落ちていて、売り上げが何十パーセントと落ちているらしいですから、このダメージは大きいでしょう、

  今までのアメリカはよく言われるように、通貨のドルが基軸通貨でしたから、ドルをたくさん刷ってそれによって世界から富を集めて、経済発展をするということを繰り返していて、だからアメリカは貿易赤字でも経済成長していたのですが、国内消費の低迷によってそれが不可能になったわけです、


  なぜなら世界の富をかき集めても、それを国内で消費できなければ意味がないわけで、サブプライム問題で国内消費のメカニズムが壊れてしまったアメリカは、もう今までのようには行かないわけです。

  それがどうなるかというと、今までのようにアメリカを中心とした世界の経済構造は崩れ、新しい形を模索することにはなるでしょう。


  ただその過程で、アメリカの没落は同時にドルの価値の低下を招くので、ドルを多く持っている国々はアメリカ経済を支えなければいけなくなり、たぶん通貨供給を要求されるでしょう、 そうなってどうなるかというのがしばらくの問題になるようです、


  それに関連しますが、今の日本の最大の問題は、たぶんインフレだと思うのですけど、物価が上昇するといろいろ困りますから、それをどうするかというのは日本の経済における最大の課題だといえると思います、 
  今起きているインフレは需要によるものといわれていますが、実際のところは一つが日本の円の価値の低下、と国際金融による投機的売買、の二つが大きいようです。


  そしてこの二つに対処できるのは日銀(中央銀行)だけなので、だから日銀の人事というものをどうするかによって、この国の未来が決まるといえると思います、 自民党案はどうも胡散臭い、自民党はアメリカの傀儡に過ぎないから、アメリカのために使える日銀というスタンスで人事をしているはず、そうなると上で書いたアメリカの没落に対して、アメリカによって買い支えを要求された時の事を考えて、政府にとってコントロールしやすい形を要求している可能性がある。

  自民党は一橋大学の二重天下り的な人物を押してきているが、これもなにか裏があるのかもしれない、気をつけたほうがいいでしょう、

 
  そしてこの問題は、なぜ日銀は長年意味のない資金の過剰供給をしていたのかという問題にもつながる、これも解明せねばらないだろう、過剰に供給していた資金によってドル以外に対して円安になっていたのならば、日銀による日本経済の破壊が行われていたといえるし、

  また、今の日本の経済指標の現実から遊離した状態は、日本経済を売り渡して金融的に経済指標だけが上げる措置を自民党と日銀が共同でしていた恐れがあるので、これは日本経済を外壁だけを残して内部を売り渡していた様に見える、
  
  そもそも自民党の岸福田派は国家間利権をあさる、売国派閥である、そういう連中が長年日本の中心いたということが、この国の外部的なひずみとして何をしてきていたのか、そろそろ検証をすべきときが来ているのではないでしょうか。


    


  さて、それはいいとして今日は、市場としての政府、ということでも書いてみようかと、最近は市場原理主義的な、市場の活性化をすれば何でもうまく行くという、なんだか少し前にあった壷を買うと幸せになれます、みたいな、カルトっぽい経済論が幅を利かせていますが、 しかし実際のところ市場原理主義をとってもほとんどの人は幸せにならず、大概の人は不幸にしかならなかったわけです、 ではそれはなぜなのかということを書いて見ようかと思っているのですが。


  それで市場としての政府ということで、市場原理というものは金融的な市場の活性化が、すべての問題を解決する、金融市場の神格化を目指した一種の宗教のようなものですが、そもそもの市場原理というものは、アダムズミスという経済学者が言った、見えざる手というのを根源にしているようなのですね。


  市場原理的に言うと、市場の活性化が起これば見えざる手によってすべての問題が解決する、どうやらそんなことを言っているらしいのですが、実際のところアダムスミスという人物のいったのは、経済全体の循環によって、見えざる手が働いて全体の問題が修正されるといったらしく、市場の活性化で問題が解決するとは言ってない様なんですね、


  どうもこのあたりに市場原理主義というのは、ペテンが混ざっているような気がするのですが、まあとにかくアダムスミスという人物が言ったことを正しいとすると、経済全体の循環が良くなれば、全体の問題が修正されるわけです。


  ではそういうスタンスで考えた場合、経済全体の循環としてみた場合、これは政府も含みますよね?、税金を払って返ってくる、とか、あんまり返って来ないですけど、そういう形でお金の循環が起きているということは、政府というもの自体経済活動であり、経済循環であるわけです。


  そう考えてみると、実は新自由市場原理的な考え方の政府は必要なものではなく、なんでも民営化すればいい、というのは政府という経済活動、そして経済循環を否定しており、大きく見ると経済活動を否定している考え方ではあるのです。


  そして、なぜ今の世の中がおかしいのか?、そして多くの人が貧しいのか?、その根幹にあるのが経済活動の停滞があるから、だからこそ経済的な問題が起こるわけで、何らかの経済活動の問題がなければ経済問題はおきないわけですから、そういう意味では格差や貧困も経済問題だといえるでしょう。


  そしてその経済問題は政府という存在の経済活動の停滞が問題になっている、そしてそれが悪循環を生みこの国を弱体化させているわけです。


  だからこそ今すべきことは、政府という経済活動の活性化であり、政府という市場の活性化であるわけです、これを国民のために価値のある形に変えなければならない、  たぶんアダムスミスという人物はこういう意味で言ったのでしょう、確かにこうすれば見えざる手が働いてすべてが良くなるかもしれない。


  まあなんにしろ、これからは、そして今の問題は政府の市場性の活性、つまり政府という経済活動の活性化と効率化を政治的スタンスに立ったまませねばならない、政治を民営化してしまえば政府という経済活動ではなくなるのでバランスが悪くなる、

  必要なことは、バランスの取れる機構を永続的に動かして、そこから生まれる活力を利用し、人が生きていく世界を良くしていく、このメカニズムとデザインをどうするかが人類の宿題であり、常に考えなければいけないことである、この点は原始時代からなんら変わっていない。

  そしてそれをするために今すべきことは、政府という経済活動の効率化であり、政府というものを国民にとって意味のある形に変えることである、そうすることによって民間と政府とを合わせた経済活動を活性化し、アダムスミスという人物の言った見えざる手が働いて、全体の活性が生まれるよう形作っていく事ではないだろうか。






    それでは今は週二回ですので、次回は木曜になります、では次回まで。






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