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人工自然物としての人間世界、

    どうもこんにちは



  なんだか最近は世の中荒れていますね、株が下がったり、チベットで混乱が起きたり、作為なのか、無作為なのか、なにか奇妙なことが起き易くなって来ているようには思います。

  それでその内の一つの株の下落のほうは、いろいろ調べてみるとやはりアメリカを中心とした金融崩壊、それが影響を与えているようです、


  聞いた話だとサブプライム問題の損失が百兆円くらい行くのではないかとか、金融工学のメカニズムが崩壊しつつあるとかそういう話を聞きますけど、まあ私のイメージですと、金融というものはバブルのためにあるものというイメージがあるので、バブルがはじければ金融もはじけるのでしょう。


  しかし、日本の株価は下がりまくりですね、なんだかどかっと下がりますよね、これはなんだか変な気がしませんか?、

  だって日本の企業の経営状態と、株価がほとんど関係がなくなっているわけじゃないですか、完全に無視してますよね、今の株価、これは何でだろうかというのが最近よく考えることなのですが。


  それでそんなことを考えていて、一つ気づいたのが円が高くなると株価が下がることが多いのですが、これってよく考えると奇妙ですよね、どうして日本の円と株価がそんなに連動するのか?、しかもあべこべに、

  それで思ったのが、円に比べて株の価値が下がったから株価が下がった様に見えるのではないかと思って、 今までの常識ですと円という貨幣の中で日本の株式は動いていましたが、最近は外資が入ってきていますから、円が高くなると割高になるので売ろうという人が増えるのではないかとか、 今の日本は衰退期ですから長期投資はまず来ないだろうし、そうなると投機的な投資が多くなる、だから円が高くなると株が売られやすくなるかな、というのと、


   もうひとつが円という通貨が日本の通貨でなくなりつつあるのではないかということで、日本は長年ゼロ金利等で多量の資金を市場に流していましたが、それが結果として大量の円を世界にばら撒くことになって、それによって日本の通貨と日本の株式のずれが大きくなったように見えるのです。


  基軸通貨とは違いますが、それに近い意味を円は持ってしまって、変な意味で国際通貨になってしまったのではないかなと、 それで今の株式の変な動きは、その国際通貨になってしまった円との比の関係で動いているだけなんじゃないかと。 (そうなると日本の通貨ってなんなんだ、ということになりますけど、もしかしてないんですかねぇ、不思議なものですが、、、、)


  で、その原因を探っていくと、なぜか小泉政権以降の政治というのは、ゼロ金利とか、市場への資金供給とかと絶対視してたんですよね、別に需要はなかったのだから供給しようがしなかろうが結果は一緒だったのだが、何故か日銀の資金供給は絶対だ、といっていた、

  これがなんか胡散臭いんですよね、私はこの動きを日本政府の通貨の発行する権利を誰かが奪っていたんじゃないか、そんな風に見えるんですよ、


  日銀による意味のない資金供給、ゼロ金利には多少意味はあったが、市場に資金供給しても使う人がいないのだから意味がないのに、何故していたのか?、 これは日本政府の通貨の発行権を誰かが奪おうとしていたように見えなくはない。

  今でも、このままサブプライムローン問題が進めば、各国は資金供給をし続けなければいけないから、結果として通貨の発行権を、グローバル経済上にいる誰かに奪われることになる、このままいけは諸外国は通貨の印刷所になるだろう。


  まあ私は素人なので、この説が正しいと検証するのが難しいのですが、最近の日銀の総裁がどうだこうだという話を見ていて、どうして自民党は特定の人物にこだわるのか、そして今までなぜ日銀に資金供給をしろといい続けていたのか、自民党は国の借金を自分の金として使っていたから資金源が必要だったのはわかるが、それにしては妙に病的にこだわっていたなと思い出して、

  なんとなくだが、自民党は日本政府の円の発行権を転売しているようなことをしているのではないか、なんとなくそんな気がする、まあだから今起きている日銀の総裁問題も、そういう観点から眺めて方がいいような気がする、 自民党はなぜ海外にあふれるほど円の発行を病的に日銀に求めたのか?、これは何か裏があるような気がします、

  (//ただまあそれがなんなのかというのは、残念ながら私の実力ではうまく説明できないのですが。//)





  さて、それでは次に今日は、人工自然物としての人間世界、ということでも書いてみようかと、近代化とは何か?と考えてみると、世界の人工化のようなものではないかと思います、


  自然が生んだ人間という存在が、人間が生んだ人工世界へと入り込む現象、近代化というのはそんな意味があるように見えるんですけど、

  ではそういう近代化によって、人の生きている世界がどう変わってくるのか、 それは人工的なものと自然的なものが混ざった状態になるのではないかと思います、 そしてそういう目で見た場合に今の世の中はどういう意味を持ち、どういう価値を持つのか、まあそんなことを考えてみたのですが。

 
  それで人工自然物としての人間世界ということで、何ですかね、今の世の中もなんとなく生き辛いところがありますが、その原因を考えてみると近代化による人工化というものが原因であることが多く、例えば今の日本で起きている問題は、未開のジャングルに住んでいる人々には無縁の事が多いように思います、

  例えば結婚して子供を作って育てる、それだけなのにとてつもない手間がかかる、たぶん未開のジャングルに住んでいる人ならば、簡単にこういうことは出来てしまうのではないかな、


  人間が人工的に生きるようになった結果として、人間が人間本来の意味である自然物として生きることがだんだん難しくなってきた、人工的な機構にとっての必要な物体、それが人間であり人類の近代化とはそういうものを目指しているように思う、


  そしてそれがずーっと進んでいくとどうなるのだろうか?、なんだかいずれは人間が人間をやめなければいけない日が来る様な気がする。


  今でも結構そういうところってありますよね、人間らしく生きるということがほとんど不可能であることが多くて、逆に人工的な生き方というのは可能性は高いのですけど、そう生きていると、人間らしく生きることはだんだん不可能になってくる、


  なんといいますか、こういう問題、近代化して人工的なものが増えてきたのはいいとしても、日本の場合それに対する制約がないのでとことんやってしまう、近代化、人工化と、

  その結果、ほんのちょっと人間らしく生きようとするだけのことすらかなり難しくなってきている、多くの人がもう慣れてしまっているの気づいていないが、この国というものはそういう意味ではかなり歪んでいる。

  これもこの国の一つの問題で、日本は西洋文明に対する良い生徒である、といわれていましたが、どうもそれが過剰化して、狂った近代国家の様になってしまったように見えなくはない、



  まあとにかく、人間というものは自然物ですから、近代化のルールとは違う概念で生きていて、その違う概念で生きないと人間らしくは生きれない、近代的な人工世界というものは、反自然的なものですから人間らしい生活、人生というものは基本的には認めない、

  だから本来ならば、近代化人工的な考え方だけではなく、それを補正する第二第三の要素をどこかに置いておく必要があったのですが、そういう補正がなかったのでこの国は狂った様な国になってしまった。

  人工自然物として人間は生きていくしかないが、人工物として生きるようになったらさすがに終わりだろう、そういう意味では日本は近代化を終わらせるか弱めていくべきところに、今いるのかもしれません。






    それでは今は週二回ですので、次回は来週の水曜になります、では次回まで。








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