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防衛利権問題に見える奇妙な三つの死、と、先を読むということは今を読むことではない、

    どうもこんにちは


 


  最近は世の中の流れが速いのか、一週間前と後では色々違ってくるので、なんだかブログ書いている側としてはやりづらいんですけど、いやほんとは11月と12月は国会もなくてのんびりする予定だったのが、なんだか困ったことになってますね。



  防衛利権問題だと思っていたら、次は電子投票がどうだこうだと気が抜けないです、 どうやら与党が出した案を与党が批判している変な案らしく、陰謀めいた話ではあるようですけど。


  それで電子投票についてざっと調べてみたのですけど、よく言われるように電子投票の問題というのはあるようです、ただしダメな方法かというとそうでもなく、ベルギーとブラジルではちゃんと機能しているらしく、別に悪い方法ではないようです。



  この問題ではよくアメリカの少し前にあった大統領選での、電子投票の不正があったのではないかという問題が話として出てきやすいですが、私の知っている範囲内では、アメリカの場合はそもそもパンチカードとかレバーを押したりするようなそういうものでまだやっていて、それは英語で字が書けない人が多いからというのがあるのでしょうけど、大統領選を見てもそういうところが問題にもなったりしていたわけだから、結局アメリカの場合そもそもの選挙制度が貧弱だったから、不正ができる余地があった、そういうことではないかと思います。



  私の調べたベルギーだと、不正をできる余地を徹底的になくしているので、問題にはならないようです、またブラジルでは不正防止のために電子投票を導入したくらいなので、電子投票をすれば不正ができるというのは間違いでしょう。



  ただし日本の場合、明らかな実力不足で、今の段階では非現実的な感じは受けます、例えばベルギーの場合は徹底的なテストをした後に導入したので、問題にはならなかったのですが、日本の場合は総務省のホームページを見ても法律論はありましたが技術論がなく、他のところで見たところ電子投票のテスト等は企業に全部やらせるようなことをしているようです。



  それは多分日本の役所が文系重視なので、技術的なものが分からないというのが大きいのでしょう、たぶん総務相の人は電子投票の法律的問題は分かっても、技術的な問題は理解ができておらず、電子投票というものが本質的にどういうものであるか分かっていないように見えます。


  例えば総務省の人は、いずれは電子投票をどこでもいつでもできるようにしようといっていますが、これは多分無理でしょう、 例えばネット上でもできるようにしようといっていますが、これは明らかな技術オンチですね、法律しか学んでいなかったので法的にできれば何でもできると勘違いしているのではないでしょうか。


  
  この問題を利権だなんだという人もいますが、確かにその余地はあります、総務省の人がこうもでたらめなのだから利権の可能性はあるでしょう、ただし本質的な問題としては総務省の電子投票に対する理解のなさ、無責任さが大きな問題としてあるわけで、そのあたりを問題視したほうがいいのではないでしょうか。


  (ちなみにベルギーの方式は磁気カートを投票用紙化して、誰に投票したのかを瞬時に分かるようにしたもので、実態としては投票用紙に近い電子投票の方式のようです、ブラジルの場合はキー入力タイプですが、紙でログが出るので後で集計できるタイプらしいです、日本の場合はログが残らないので不正がし易いぶん不完全なシステムといえますが、海外でできているのならばそれを導入する手もありますし、やり方しだいではあるようです、)


 



  さてそれではなぜか電子投票のことを書くはめになりましたが、本題に入って、今日はまず最初に、防衛利権問題に見える奇妙な三つの死、ということでも書いてみようかと、ほんとはこれと次の書いて今日は終わる予定だったのですが、まさか電子投票という伏兵がいるとは思いませんでしたが。



  ま、とにかく書いてみると、防衛利権問題に見える三つの死ということで、少し前に小沢氏や共産党がなぜか急に与党に妥協したことがあって、それを考えていたらふとある仮説を思いついたのです、なんというかな、日本の政治で今まであったこととかここ数年あったこととか、明らかに不可解なことがあるのですね、なんか妙だなと思えることが色々とあったのですけど、でまあその仮説から考えてみるとなぜかその妙なことが一本のラインでつながって、ああ、そういうことなのかなあと思ったのです。



  ただしこれは仮説に過ぎないので、ほんとにそうだということを言うわけではありません、そういう考え方が成り立っているなという、まあそういう話なのですけど。



  それで、防衛利権に見える奇妙な三つの死ということなので、まずはその三つの死とは何であるかと書いてみると、



  一つ目がライブドアの関連会社なのかそういう会社にした、野口という人物の沖縄での死、これは自殺といわれているが状況的に見ると明らかに他殺らしい、これが一つ目の死で、


  二つ目が自民党の農相をしていた、松岡という人物、この人は議員会館で自殺をしていたといわれているが、どうやらこの人も他殺の可能性が高いようだ。


  三つ目が長崎の伊東市長の死、選挙中に銃撃されて、かわいそうな最後でしたが、まあこれが三つ目の死。



  それでこの三つの死と今回の小沢氏と共産党の妙な動きを見てピンと来たのが、そうかこの死は誰かを脅すために起きたのではないか?、そんな気がしたのです。


  
  例えばライブドアの堀江氏は軍事利権とは関係ないように見えて、私の聞いたところによると、やめさせられる前くらいに軍事利権関係と関わっていたらしい、それで亡くなられた野口氏は沖縄で亡くなられたわけで、沖縄といえば軍事利権ですよね、そのあたり守屋という人物も関わっていたらしいけど、なんか関係があるような気がするのです。


  例えば野口氏はビジネスホテルで死んでいたらしいが、もしこれが他殺だとしたら、なぜそこを選んだのか、なぜそういう方法を選んだのか疑問を持つわけです。


  例えばもしそれが他殺ならば事故死にしたり、行方不明にするという手もありますよね、それを自殺に見せかけるというのは難しい、そのためには警察を騙すか抱き込む必要がある、つまり難しい方法なわけです。


  それでもし他殺だとしたらどうしてそうしたのか?、そう考えてみるとこれは堀江氏に対する脅しのようなものの可能性もある。



  堀江氏は野口氏のことがあった後に、自民党と民主党の堀江メール騒動に引っ張り出されることになる、もしそこで軍事利権関係者が堀江氏に何を望むかといえば、自分のいうことを聞いてもらおうと考えるのではないか、


  この説は別の面から見ても、妙に納得できるところがある、例えば立花隆氏の行っている、メディア何とかというサイトがあるのですが、そこで立花氏がこの堀江メール騒動に対して一文を書いたことに対して、堀江氏側が損害賠償を起こしているらしい、しかもそれが億単位だったように覚えている、 しかし堀江氏は常々ネット上の言論は自由であるべきといっていたわけで、堀江氏がこういうことをするとは思えない、


  そして、堀江氏は裁判の後半で、どうも腰砕けな情けないようなことを言ったらしい、私にはそれが小沢氏や共産党のこととダブって見えてしまう。





  次に、自民党の農相だった松岡という人物、この人物の自殺が他殺であったとしたらと考えると、これも上の話と似たものになってしまう、


  松岡という人物自体は別に軍事利権関係者ではないのですが、まあ農業利権問題であれこれいわれていた人物で、本人はそれを考えて大臣を辞めたいといっていたのですが、しかしそうなると安部政権は終わってしまって、軍事利権体制にひびが入るので、やめさせなかった、そして最終的に自殺したことになった、



  そしてもしこれがいわれるように他殺であった場合、どういう意味を持つだろうか、それは議員会館にいても合法的に人を殺せるぞというアピールになる、


  他殺かどうかは分からないが、しかしこのことは疑惑をもたれているものだから、例えば政治家の人から見れば恐怖を感じるだろう、


 



  そして最後に長崎の伊東市長の殺害、これは自殺ではなく明確な他殺ですけど、昔も書きましたがこの事件の問題も変なところが多い、例えばこれから殺すという犯行声明文を朝日テレビに送ってから犯行を行っている、犯行声明分ではなかったとはいうが、そうでなければなぜその文章を信じて映像等を作成したのかが分かるまい、どう考えてもテレビはこの件をぐるでなければなるまい。


  そしてこの犯罪が何を目指したものなのか、これを上の二つと同じように考えるとこうなる、



  一つには選挙期間中という、政治家にとって無防備な状況における殺人を宣伝したかった、政治家に対する脅しにようにも取れる、また、伊藤氏は長崎の人なので原爆投下というの歴史がありますから、平和理念を具現化しようとなされていたようで、その分非常に支持も多かったようです、


  そしてその上にいたのが今回の軍事利権問題でも名前の出てきた、久間という人物、この人はある時点までは伊藤氏を国会議員にしようとしていたのか、伊藤氏の言うような平和反米的な発言をして、まあアメリカからひんしゅくをかっていたわけですが、それがある時点から親米的な発言をし始めて、最たるは原爆投下はしょうがない発言ですけど、急に腰砕けをして意見を変えはじめたわけです。


  だからもしかすると伊藤氏の殺害は久間という人物に対する脅しだったのではないか、たとえそうではなくでも、久間という人物から見れば脅しになっていたのではないか、そういう風に見えなくはない、



  そしてこの三つのことから見ると、人を殺すプロパガンダのように見えるんですね、そして、小泉政権や軍事利権関係者の特徴はなにかといえば、プロパガンダなわけです、なんだかピンと通っちゃうですね話が、
  


  いやもちろんこの話は仮説だし、実際にそうだというわけではない、が、話自体は一応通ってはいるので、それが奇妙なんですが。


  ま、それで結局何がいいたいかというと、今の自民党か軍事利権関係者は、妙に死刑制度の充実にこだわっているんですね、なぜか死刑にこだわっている、そして前も書いたが日本の司法はアメリカと自民党がからむと平気で法を曲げる、そして、もしこの死のプロパガンダが存在していたらどうなるだろうか?、今は政治家だがいずれ国民に来るのではないか、つまり国民を殺して国民と統制するということを、そういう関係者が考えていないとは言い切れないように見えるんですね、


  まああくまで想像なのだが、想像だけとしても可能性があるだけでかなり恐いので、やはり軍事利権問題は核心まで手を突っ込んだほうがいいだろう、共産党の人も委員会の一致ということを言うのはやめて、もっと手を突っ込んで欲しいんだが、たぶん軍事利権問題は金とかそういう問題ではなく、なにか別の問題が金という形で現れたように見えるので、この問題は放っておいていいようには見えないんですね、何か国民にとって直接的な危険性があるものなんじゃないか、どうもそんな気がしてならないのですけど。


 


 


 


    
  さて、それで二つ目として、また長いタイトルですが、先を読むということは今を読むことではない、ということでも、なんだかタイトルではないような気がしますが、よく思うのですけど、今がわかったら未来もわかる、そういう考え方って多いですよね、未来は常に現在の延長上にあるという考え方、 まあ確かにそう考えてはいけないとうわけではないですけど、そういう考え方だけでは先を読むということにはならないように思うのです。



  先を読むということは現在を否定することでもあるわけで、今のまま世の中が進むのならば、それは未来ではなくて時間の止まった世界になってしまいますから、それを未来というのはちょっと無理があるでしょう、 でまあそのあたりの人間の問題点のようなものを考えてみたので書いてみると。



  それで先を読むということは今を読むことではないということで、本とかを読んでいてもよく感じるのですが、データを集めていけば今の状況も未来も見える、そういう考え方や見方が多くて、つまり現状を正確に把握すれば未来も見えるだろうという方法論で作られた本や、理論、そういうものが多いんですよねほんとに、



  しかし冷静に見てみればわかるように、未来とは現在の否定の形なわけで、現状を否定しなければ未来は見えないわけです、現状を把握してしまったらかえって何もわからなくなるわけですよ、だって現状を把握すればするほどそれを否定して考えるのが難しくなるわけだから、かえって先のことが読めなくなってしまうわけですね。



  先を読むということは、確かに現状の把握のもとに行われるものですが、しかし同時に現状の否定をしつつ考えるものでもある、つまり現状を肯定しつつ否定もする、そういう現状に対して中立的な立場に立ち、その上で全体像を眺めるということ、これが先を読むということなわけです、



  これは別に特殊な能力でもなければ、珍しいことでもなく、誰もが日常において行っていることであり、ちょっと考えてみればそういうことはよくやっていることだと気づくはずです。



  そしてそれがなぜか特定の場合になると働かなくなる、例えば学問とかね、特に文系がひどいけど絶対理論とか、理念とか、何かそういうものを後生大事に持ったまま何も見てない、この手に持っているものさえあればそれで十分だといわんばかりに、抱えたまま何もしないんだな、まずそれを捨てないと何もできないんだということがわかっていない、



  未来というものはすべてを生み、そしてすべてを奪うものである、そう未来に進むためには奪われる必要もあり、単純に何かを持ったまま、もしくは抱えたままでは、未来に進めないか未来を見れないか、そのどちらかになるだろう。



  だから未来を見るために必要なものは、今を捨てれるか、今を否定できるか、そのあたりの感覚が鋭いかどうかになると思う、人間は入れ物としては小さい、だから知識の累計的な生き方をしていてはいつか何も見えない人間になるだろう、



  よって先を読むということは、今を読むことではあるが、今をプラスにもマイナスにも読むことが必要である、つまり未来に対して否定的な現実と肯定的な現実が今の状況においてどう存在するかを読むこと、それが未来を読むということである。



  そしてこれができなければ日本の未来はない、ここまで抽象論が絶対性を持つのも珍しいが、それだけ世の中の動きが激しいのだろう、まあとにかくこのあたりのこと、今の状況を知っても先はわからないということ、そして今の状況を場合によっては否定すること、この二つの複合的視点に立てれば、たぶんこの国の未来も読むことができるのではないかと思います。


 



 



    なんだか長すぎですね、ほんとはもうちょっと短くなる予定だったんですけど、電子投票の伏兵が、、、、まとにかく今は週一回ですので、次回は来週の水曜になります、では次回まで。


 


 


 


 


 

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    政治などの記事を書いています、少しでもいい世の中になればと思いつつ全然ならないですね、まったく。

     

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