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テロとの戦いとは何か?、

    どうもこんにちは


 



  なんだか株の暴落とかあって、よく分からないことが起きていますが、今のような世界全体がつながるようなグローバル経済では、結局運命共同体になるから、リスクが高すぎるんですよね、もうちょっと経済構造を分散したほうがいいと思うのだけど。



  ほかだと、、そうですね、少し前に福田政権は支離滅裂なペテン師で、小泉と安部を足したようになるだろう、と書いたのですが、ではまあ何でそう思ったのかとちょっと書いてみると。



  そもそも福田政権は調整型というが、今起きている問題は自民党の小泉政権のやった問題である、小泉政権のやったことは言っていることはあっているように見えても、具体的に見ると殆どが意味がなく、つまり詐欺行為をしていたわけで、それを福田政権は調整して直すといっているのですが、これは無理でしょう根本からやり直さないとうまくは行かない、



  例えば郵政民営化、これを調整でどうにかするのは無理だろうし、他でも自民党のやっている農業政策だと、農水省の試算でも農業はほぼ全滅し、自給率は10%台まで落ちるとか言われているらしい、農業の場合一回破綻すると工業的なものと違って再起は難しくなるので、自民党のやり方だと農業がほぼ全滅した形が固定化される恐れがある、これを修正でどうにかするのは無理であろう。



  つまり福田政権は調整とは言うが、今の状態において調整でどうにかなるものは何もないのだ、 よって、支離滅裂なことをいって、そしてやるしかない、それ以外福田政権の役目はない。



  また福田政権は存在そのものが米国的である、私の読みでは福田政権を作り、麻生氏を落としたのは自民党の森派ではなくアメリカだと思う、例えば新聞に書いてあったのだが、アメリカは北朝鮮問題に対して拉致の問題の進展を要求したのは、福田政権が安部政権と違って穏健だからといったらしい、それは言いなりだからと言い換えても良く、アメリカは言いなりになりそうにない麻生氏を潰したのだろう、



  そもそも安部政権は8月の段階で実際は終わっており、与謝野麻生体制でこの二人が摂政のような立場について、安部という人物を飾りにするような態勢が始まっていたのではないかと思っている、だから安部という人物をやめさせたのも、多分アメリカとこの二人でしょう、安部という人物がやめたときにこの二人だけ言っていることが変でしたから、この二人、多分与謝野氏が主導でやめさせたのではないかな、この人は冷酷な感じがするから。



  そしてそのあと麻生という人物が首相になるかと思えば、そうはならなかった、クーデター説とかが出て急に流れが変わった、この場合クーデターではないにしろ、安部という人物をやめさせたのは、第一にアメリカ次に麻生与謝野の二人になるだろう、まあこれは私の読みだから証拠があるわけではないけど、こうだったとすると、麻生体制を潰そうとアメリカが主導的に動いた可能性はある。



  そして9月の政治的空白、どちらかというとこっちのほうがクーデターだった思う、大きく政治の流れを捻じ曲げたし、さらに小渕政権のころは代理をおいて政治的な問題を起こさないようにしていた自民党が、平然と国会を放り投げるようなことをした、つまり自民党は日本という国を捨てたわけです。



  そして日本を捨てた自民党が選んだのが、福田政権なわけです、つまり福田政権は日本を捨てアメリカを選んだ政党の党首なわけです、それが何をするかといえば、小泉政権と同じかもっとひどいことをするでしょう、



  これは私の読みにすぎませんが、実際福田政権を見てみると小泉政権のまねように見える。 小泉政権はなぜ上手くいったかというと、野党のまねをして野党のやることを奪い、その上で口先だけのペテンを繰り返して延命をはかっていたわけですが、福田政権も同じことをしている、この政権も口先だけは達者だができそうなことは何も言っていない、



  だから福田政権は支離滅裂なペテン師で、小泉と安部を足したようになるだろうといったのですが、別に福田という人物がそうだというのでなく、そういう役割をしているということで、 まあなんにしろ私の読みが当たっているのならばですが、アメリカに忠誠を誓い日本人を虐げる自民党などに、この国にいる資格はない、九月に国会を放り投げた時点でこいつらは政治家失格です、さっさと握りつぶしておいたほうが身のためだと思いますよ、何かよからぬ事を企んでいる様に見えるのでね。


 


 



  さて、それはいいとして今日は、テロとの戦いとは何か?、ということでも書いてみようかと、 近年はアメリカによる対テロ戦争による、世界の混乱というものが非常に大きな問題のなってきていますが、ではそのテロとの戦いとは何であるか?、と問われた時たぶん殆んどの人は答えられないでしょう、



  確かに感情論的にアメリカで起きたテロを引き合いに出すことはできるかもしれませんが、ではそれが何なのか、どういう意味を持つのか、そういわれるとよくわからない、 まあそういう面も含め色々考えてみたので書いてみようかと。


 


  それでテロとの戦いとは何か?、ということでテロとの戦い、本来テロリストというものはテロ目的で動いている組織、という意味でこれは元々の歴史からすると、少数の勢力であることが多く、大規模なテロ組織というものは本来のテロという意味からすれば、かなりずれたものであると思います。



  そもそもテロというものは体制の中心人物に対する暗殺、もしくは爆破行為をさすものであり、ゲリラ戦的な揺さぶりをかけることを目的とし、軍事的対立を生むものではないです、 つまり、軍事的ではないゲリラ行為、そういうものだと思います。



  しかし今のテロとの戦いは、軍事的な戦いとしての意味が強く、テロには軍事解決が必要というそういう考え方が強いわけですね、テロ組織を軍事的に潰せば、テロはなくなるだろうという考えで動いており、本来軍事的対立ではないテロというものが、いつの間にか軍事問題に変わっているところに、アメリカの言うテロとの戦いという考え方に、大きな問題があるのだと思います。


 


  つまりテロとの戦いの本質的な問題としてあるのが、本来軍事的な問題ではないテロリズムを、軍事的な問題として捉えている事で、テロとの戦いの最大の問題は、軍事力がテロリズムと関わっていくということに問題があるのだと思います。



  そもそもテロとは軍事的ではないゲリラ作戦であり、本来ならば軍事ではなく警察的な対処をするもので、法で裁くものであり、力で裁くものではない、それを法と秩序で裁くべきテロを、軍事力という暴力で裁こうとしている、そして軍事力とは法と秩序の間逆にあるものであり、軍事力によるテロリズムの根絶というものは、本末転倒であり、軍事的にテロリズムを根絶するということは、本質的にはテロ社会の醸成を行っていることと同じだと思います、



  そしてもう一つの問題は、本来テロと戦うべきは法と秩序であるのに、法と秩序の逆の意味を持つ軍隊による裁きは、法と秩序を否定した世界を作ってしまうという欠点があります、



  例えばアメリカの米軍によるアラブ人に対する虐待、あれなんかはいい例で本来テロというものを、警察的な法と秩序の形で収めておけば、ああいう問題はあまりおきなかっただろう、警察的な方向性ならば客観性と、合理性が求められるので、情報の隠蔽ができず、たとえ逮捕をしても権利の保護が必要で、まあ完全にできるかはどうかわかりませんが、軍事力のような暴力行為ということはそうそうできるわけではなかったでしょう。



  この問題というものは、軍事力というものが社会全般を被って、好き勝手をしてもテロの戦いならば何をしてもいい、そういう形を作ってしまうことに最大の問題があります。


  つまり、軍事支配をどこまでしてもOKな世の中を作り出してしまう、これがテロとの戦いの最大の意味であり、最大の危険性であるといえるでしょう。


 


  今の日本においても、テロ活動だからということで、対外戦争への協力が可能になっている、これは明らかに憲法違反だが、対テロ戦争ならばいいという形になっている、つまり法と秩序を守らなくなり、軍事的制限がまったくなくなるところにテロとの戦いの本当の意味がある。



  日本はテロとの戦いでなければこうも軍事化はできなかっただろう、ほかだったらこれはできなかったはず、日本のような極めて軍事制限のきつい国ですらここまでできるのだ、普通の国だったらこの程度では済むまい、



  そしてこの、軍事力の無限公認をしてしまうテロとの戦いは、最終的には核戦争を誘発する恐れもあるようで、冷戦よりも危険な戦争であるのが実態のようです、 テロだとか、テロリストなどというものはあくまで飾りに過ぎず、本質的な意味はまったく持っていない、本当に危険なのはテロとの戦いというものが軍事力の暴走を容認してしまうことに最大の危険性があるのです。



  だからテロとの戦いにおいては、テロだからとかそういう軽い考えは捨てたほうがよく、最大の問題である軍事力の無限公認という問題を回避すべく、テロとの戦いにおいてはどこまでその戦いにおける軍事的制約ができるか?、それが最大の鍵になると思い、それができなければこれは人類にとって冷戦以上の危険な争いになることを、肝に銘ずべきでしょう、



  まあとにかく、テロとの戦いというものにおいては、本来法と秩序で対処すべきもに対して、軍という無秩序を生むので対処しているという、矛盾をどうするかということが最大の問題であり、これに対しては軍事力の警察化のような、単純な軍事力ではなく、警察的な公明性のある新しい軍事の形を考えていかなければならない、そうでなければこの戦いはテロではなく、その暴走していく軍事力によって、人類は大打撃を受けるであろう、


  よって、テロとの戦いとは、テロリストの行為に注視をするのではなく、それに対して動く軍隊に対して注目をしていくことが肝要であり、つまりテロとの戦いは軍事力がテロと戦うように、人類がその軍事力と戦うような二重の戦いになるのではないかと思っています。


 


 


 


    それでは、今は週二回ですので次回は木曜になります、では次回まで。


 


 


 


 



 

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