03 月<< 2020年04 月  123456789101112131415161718192021222324252627282930  >>05 月
 

グローバリゼーションとネットワーク社会、と、地球上の地方分権、

    どうもこんにちは




  前回はどうも間違ったことを書いてしまって申し訳なかったですが、今はもう消えてしまってますけど、前回書いた自衛隊のインド洋補給が1000億くらいで、これだけの多額の補給がアフガニスタン向けとは思えない、ということを書いたのですがこれが間違いで、調べたところによるインド洋における自衛隊の補給は220億くらいの額のようです、



  私も書いているときになんだか大きいなと思って、少なめに書いておいたのですが、どうやら私の知っていた知識は根本的な間違いで、私の書いていた1000億くらいというのはどうやら自衛隊の派遣にかかっている総費用のような数値だったようで、どうも勘違いをしてしまって申し訳ないです。



  それでまあ、その後あれこれ気になって調べて回ったのですが、分かったことは補給の総量は48万キロリットル、総額が220億くらいで、これは石油の値段によって変わるようですが、それぐらいだといっている人が多いようです、それで活動しているのがベルシャ湾の入り口からパキスタンの洋上あたりまで、まあそのあたりの海上で不審船の調査をしている船に補給をしているらしいですが。



  ただ、調べていくとある以上は分からなくなっているようで、前回書き直した補給量の上昇がイラク戦争への加担の証拠という論も、明確にはできないようです、しかしどう考えても私にはこの自衛隊の活動がイラクのためとしか思えない、


  何故かというと、そのあたりの地図を見てもらえば分かりますが(http://www.stat.go.jp/data/sekai/h4.htm#このサイトのパキスタンのあたりをクリックしてみてください)、自衛隊の活動はペルシャ湾の入り口辺りで行われている、これがアフガニスタン向けの支援になるというのが納得できない、どこをどうしたらアフガニスタン向けになるかが分からない、



  確かに調べていって細部を見ていくとそんな気はするのですが、大雑把に見てみるとそうはなっていない、例えばアフガニスタン支援をするのならば内陸の国なのだから、内陸部ですべきではないか?、そうなると空か陸かだろう、少なくとも海は関係ないのではないか?、


  さらに海上におけるテロリストの麻薬等の輸送をおさえるとはいうが、確かに一理あるようには見える、だがそうなるとイージス艦を派遣するほどのことではないだろうし、アフガニスタンは内陸の国なのだから陸路を迂回すればいいだけだし、それほど効果はないのではないか?、



  そもそもアラブのあたりの国は国境があってないようなものらしく、遊牧民である彼らはそれほど国家を重視していないようだ、そういう地域で海上封鎖をする意味があまりあるとは思えない、通しやすい陸路があるのに何で海路を通すと考えるのか、その判断が良く分からないのだが。



  私が見るに純粋にこの自衛隊の派遣は何なのかと考えると、やはり地図を見ながら考えると、アフガニスタンにはならないと思います、イラク戦争の前に派遣しましたから当然イラク戦争のためと考えるしかないし、イージス艦のような情報調査のできる艦も派遣している以上、そのエリアにおける情報調査の任務も受けているとしか思えない、そうでなければ派遣する必要はなかろう、 だから私の見立てだと今回の自衛隊の派遣の意味は、殆どがイラク問題、次がイラン等に対する情報調査、ついでにアフガニスタン支援、そういう風にしか見えないですね。



  だから確かにアフガニスタン支援をしていないとはいわないけど、そんなにしていないのではないだろうか?、アフガニスタンを本当に支援したければ軍事でなく経済支援をするのが正しいわけで、彼らやタリバンがケシ畑を作っているから、彼らがテロリストと決め付けているけど、そもそもアフガニスタンは非常に貧しくケシを作らないと飢え死にしてしまうような貧しい国だから作っているだけで、タリバンにしてもアフガニスタンの人も好きで作っているわけではない、アフガニスタンの人々が欲しがっているのは経済であり、私の見た感じだと多分アフガニスタンとテロ組織は関係ないと思う、



  上のほうでも書きましたがアラブ人というのは国家というものをあまり重視しない、それよりは部族間の関係を重視する、たぶん多くの人が思っているのと違ってタリバンとアルカイダの関係は、部族的な関係に過ぎないのではないだろうか、大体アルカイダのビンラディン氏と、一番関係あるアメリカのブッシュ大統領との関係を問題にせず、一方の関係だけを問題視するのはおかしくないか?、



  まあなんだか話がずれましたが、とにかく私の見たところだと、自衛隊の派遣とアフガニスタンは殆ど関係ないと思う、多分ただの大義名分なのでしょう、そうなるとじゃあ何をしているのかということになりますよね、だから私は前回の文章を修正したときに、イラク戦争前に補給がかなり多いことから、これから見てイラク戦争に対する加担があったのではないかと書きましたが、しかしこれとてはっきりすることではなく、とにかく情報が足らない、(//実はこの記載も直そうかと思ったのですが、間違っているかということも情報不足で調べようがないのです//)



  そもそも海上で捜査をしている部隊に対する補給くらいなら公表すべきであろう、軍事だからといって公表しなくて良いわけではない、公表できないならば公表できないようなことをしていると、疑われても仕方があるまい、 まあとにかく私の見た感じでは自衛隊の派遣は、アフガニスタンに対しては殆ど関係ないと思う、まったくしていないとは言わないが、私にはなにかのカモフラージュにしか見えない、だから今回のテロ対策特別措置法に対しては、いったい何をどうしたいのか?、国民は問題提議をしていくべきではないだろうか、何のためにあるのか?、何をしているのか?、私の見た感じだとこれが全然分からない、 だからこのあたりのことを政府が公表しなければ廃案にする、それが国民にとっては正しいスタンスになるのではないでしょうか、だってその費用払っているのこっちなんだから、それを公表しないというのはさすがに認められないのではないかと思えるので。 


 


    



  さて、それはいいとして今日は、前段が長い上に二本立てになってしまったのですが、まあまず一つ目として、グローバリゼーションとネットワーク社会、ということでも、経済のグローバル化、社会のネットワーク化、近年においてはこの二つが一番大きな変化であり、この変化によって社会や経済が動き、今の世の中の変化を見るに、変化の殆どがこの二つによるものが多いように思います。



  一般的にはネットワーク社会とグローバリゼーションは一体と見る向きがあり、この二つが一体化してどう動くかという議論が多いように思います、 しかし、冷静に見てみるとネットワークとグローバリゼーションは違うものであり、関連性はあるが同一性はないような、そういうもののようにも見えます、 でまあ、そういうことについてあれこれ考えてみたのでちょっと書いてみてみようかと。



  それでグローバリゼーションとネットワーク社会ということで、グローバリゼーションとは世界経済の統一のような話で、金融的な動きが強く、活動的で、攻撃的なものですが、ネットワーク社会というものは、社会的なもので、活動的ですが別に攻撃的なものではなく、どちらかというと弱い人の防御策的な面が強く、グローバリゼーションとネットワーク社会は強者の道具と弱者の道具という面で方向性が違うように思います。



  たとえば、テレビ等の概存権者にとってネットワークは脅威であり、そういうメディア関係者にとってはメリットとは言いがたい面がある、反面グローバリゼーションは権力者の道具であるので、グローバリゼーションという時は権力者にメリットがあるので、力のある人は率先して動く。



  ネットワークは権力の揺り動かしを生んだが、反面グローバリゼーションという権力者の保身の方法も生んでしまった、 世界金融の統合は過剰な流動金融世界を作り、権力支配構造の極大化をまねいた、 結局権力を揺り動かす力とそれを止める力の二分、その二つがネットワーク上に現れたと見ていいのではないだろうか。



  そう考えてみたとき、この二つの対立軸にある力をどう扱うべきかと吟味せねばならぬ。 単純に一方を認めるわけにはいかない、二つの力を交差させつつ安定点を探らねばならない、だから単純論は成立しなく、やはりこの問題は何らかの構造論になっていくと思う。



  例えば、グローバリゼーションは弱者を虐げる面がある、また、極大化した金融はコントロールができず危険なものでもある、だからそれに対する回避策がなければならない、 その点ネットワーク社会には問題はないのだが、グローバリゼーションはネットワーク社会の生んだ子供のようなものだから、ネットワーク社会を進める以上グローバリゼーションは入ってくる、よってネットワーク社会も単純には認められない、



  なんだか理論的に考えようとするとややこしくなりますが、ネットワーク上にあるグローバリゼーションが、ネットワーク社会と対立関係にある、奇妙な話ですね、まあ私にはそう見えるってだけなんですけど、私のイメージとしてはネットワーク地平線上にあるグローバリゼーションという波の問題、そういう風に思っているのですけど。



  だからこの問題の対処法としては、ネットワーク社会の純化というのがいいように思います、つまりリアル社会上の権力がネットワーク上にも現れているから、ひずみとしてグローバリゼーションという波が出てくるわけで、リアル社会上の権力がネットワーク上に出ないように制限をするべきだと思う、そのためにはリアル社会が反グローバル的な形を持たねばならない、



  私が見るに、ネットワークは新しいものだと思う、しかしグローバリゼーション自体は古いものだと思う、本質的には人間の欲望ですから、ああいう考えややり方は昔からないわけではない、だからネットワーク上のグローバリゼーションは不純物に見えてしまいますね、少なくとも適正なものだとは思えません、



  まあとにかくネットワークという新しいものが出て、そこに今までの歴史や権力というものが流れてきて、グローバリゼーションという暴力を生んでいる、そのすべてを否定するわけではないが、こうも不安定では使えるものではないと思う、もう少し安定性がいるだろう、 そのためには現実社会側、リアル社会側における反グローバリゼーションがいるだろう、つまり最初から世界が分裂していないと、ネットワーク上での経済の安定が取れないということ、その経済安定が取れるかどうかが、ネットワーク社会とグローバリゼーションにおいての、最大の課題になるように思います。


  


 



    
  さて、それで次に二つ目として、地球上の地方分権、ということでも書いてみようかと、まあ私がいつも言っていることですが、グローバルな経済では地域経済統合のような形で、世界をいくつかに分割したほうがいいというような話で、それを歴史的な流れとともに考えてみようかなと思っているのですが。



  昔も書いたような気もするのですけど、今の世の中は私の見立てでは、冷戦という世界を二分割していた時代から、アメリカの一極集中時代、そしれ世界の多分割時代、そういう流れが今の歴史にはあるように思います。 そしてその流れを見てみると、ようは地球上で地方分権をしているようなものだなと思えたので書いてみると。



  それで地球上の地方分権ということで、大きな流れというものはある種のリズムのようなものがあって、同じことが繰り返されるということが多く、バラバラだった世界を統一して行った大航海時代から幾星霜、世界が統一されて目的は達成された後、だんだんと大航海以前の分離した世界へと、世界は戻りつつあるように思います。



  そう考えてみると、たぶん今起きているグローバリゼーションというものも、その過程における一時的な状態、つまり世界を0(ゼロ)にしようという流れに見え、過程的状況なのかもしれません。



  世界分割ということは今までも書いてきましたが、イデオロギー的な政治の制約がなくなった現代では、政治の具体性現実性というものが高まり、その国にとって非常に近い政治というものを目指すようになってきました、



  今までは、理想を追うことが政治であるという、常に遠くを見る政治をしていましたが、その遠くを見る必要がなくなり、自分のそばにあるものはなんだろうか?、自分に直接関係のあるものはなんだろうか?、そういう視点で政治が動くようになってきていると思います、



  アジアの国ならばアジアにおいてどうであるか、 今までならソ連に対してどうか、アメリカに対してどうか、という二本の軸に対する関係でしたが、これからは自分にとって近いものは何であるかということが軸になり、そしてそれが国の政策になるでしょう、


  
  それが進めばいずれ、自分に近い国同士の連合が始まり、世界の分割化、もしくは世界の地方分権的な分散統治体制というものが、始まるのではないかと思います。


 


  とにかく、世界の集約過程からの折り返し状態に今の世の中はあるわけで、いずれ世界の分散化は起こるでしょう、そういう意味では今のグローバルな世の中というものは間違っているものなのかもしれませんが、まあその折り返し状態の過程におけるものの読み方や見方というものは、物事を考えるときに加味しておいたほうがいいでしょう。



  例えばグローバリゼーションを絶対的に見ても、世界が分割されてくればグローバリゼーションも意味が変わってくる、たぶん全体に薄く大きなグローバリゼーションがあって、その下に厚い中規模な地域経済のためのグローバリゼーションがあるような補完関係になるはず、 つまり大きすぎるグローバリゼーションはあまり役にはたたないので、実用性があるくらいの大きさに切り取るような作業が起こるはず。



  ほかの点でも、軍事とかにおいても、アメリカの一極集中というのは薄れるでしょう、これも上と同じで、 つまり大きすぎるアメリカは軍事的にあまり役には立たないので、実用性があるくらいの大きさに切り取る作業が起こるはず、たぶんこの世界の分散化の過程において、軍事の分散化も起こるのではないだろうか。



  まあなんにしろ、集約過程から分散過程への変遷というものが今の世の中には起きているわけで、今までの常識や知識で考えていくと多分どこかで限界が来るはず、そういう時に問題になる考えは世界の中心を考えている考え方で、大きな中心論といってもいいが、世界には大きな中心があってそれに対してどうであるかという考えは、たぶんいずれは意味を成さなくなるだろう。



  よって、これからの時代はまあいずれはですが、多層中心論、もしくは多重中心論的な考え方、たぶん十年後くらいにはこのあたりの考え方が主流になっているのではないかと思います、ですから今のうちに今までの大きな中心論は考え直し、そういう多層多重的な中心論を考えておいたほうが、いいのではないかと思います。


 


 


 


    なんだか長くなっていしまいましたが、どうも予定が狂ってしまってこうなってしまったのですけど、まあとにかく今回はこれまでですので、次回は来週の水曜になります、では次回まで。(追記、どうやら安部という人物はやめたようですね、さてこれからどうなるかな。)


 


 


 

関連記事




  • このエントリーのカテゴリ : 未分類

コメント



 編集・削除ができます。
 管理者にだけ表示を許可する
 
 

文字を大きく・小さく

     

    プロフィール

    ryuuguunotukai2

    Author:ryuuguunotukai2
    政治などの記事を書いています、少しでもいい世の中になればと思いつつ全然ならないですね、まったく。

     

    カレンダー


     

    黒ねこ時計 くろック E01

     

    最新の記事(全記事表示付き) *frame*

     

    検索フォーム

     

    カテゴリーメニュー

     

    月別アーカイブ(タブ)

     

    全記事表示リンク

     

    天気予報


    -天気予報コム- -FC2-
     
     

    アマゾンの本、

     

    PR

     

    PR

     

    PR

     

    PR

     

    里親探し

     

    PR

     
     
     

    本の紹介、

     

    楽天のお菓子、

     

    お茶とコーヒー、

     

    PR