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中央集権と地方分権、

    どうもこんにちは




  最近新しい内閣というものが発表されたようですが、その中で安部という人物は説明責任を果たさない人物にはやめてもらう、と明言したようで、どうやら安部政権は即日解散をする予定のようです、さようなら。 まあ冗談はさておき、何で首相をやめないのか説明責任を感じていないバカにはうんざりしますが、それはおいておいて、今回の人事を見ていて感じたのが、防衛大臣になった高村という人物で、この人は名前は知っていたのですが、どうやら統一教会の関係者のようです。



  この人について調べてみると、統一教会が日本で壷を売るためにつくったハッピーワールドという会社があったらしいのですが、その顧問弁護士をこの高村という人物はやっていたようで、つまりこの人はむかし統一教会で壷を売っていた人物のようです。 


  まあ、政治の世界は汚いものですから、多少は大目に見てもいいにしろ、統一教会で壷売っていた人物が防衛大臣とはね、



  この点を見るに、日本の軍事化はアメリカ主導と思われていましたが、この動きを見るとどうやら統一教会も絡んでいるようですね、将来統一教会の指示で自衛隊が動いて日本人襲ってくる、ということもこの動きを見るとないわけではないわけで、統一教会がなぜ日本の軍事力をほしがっているのかということは、注意したほうがいいでしょう。




  他で気になった話は、、そうですね、マスコミが言っていたのですが、今回の人事で自民党は古い自民党になるのではないか、そういう言い方をしていたところがあって、まあ確かに今の自民党は昔と違うといえば違いますが、どう考えても今の自民党は質の劣化が起きているわけで、これを新しいというのはおかしいように思います、どちらかというと本性が出てきたと見るほうがいいではないだろうか。




  私はいつも言いますが、自民党は中央集権政党であり、中央集権を目的にした組織です、ですから本来ならば都市型政党であり、裕福層向けの政党であるはず、それが今まで地方や弱者のほうも向いていたのは、たぶん戦後という特殊事情があったからではないかと思います。



  戦争が終わって焼け野原になって、その上で政治をする、そうなればどうしても貧困の問題と向き合うことになり、それを繰り返していたので癖がついたのではないだろうか、本来ならそういう貧困問題に取り組む政党ではないが、そうせざるおえない状況があったのでたまたまやっていただけとか、 そして状況が変わって、本来の政党の目的である、都市型裕福層向けの政党という本性が最近になって現れたのではないかと思えます。




  自民党の政策を見ると昔から地方切捨てのようなことはしていて、例えば地方の公共事業、これは地方のためになるかというとそうはならない、地方の公共事業とはいうが、地方にとって必要であるかということを地方の人は審議ができず、地方にとっていらない公共事業が非常に多い、それによって、公共事業は地方の産業には結びつかず、地方の人は公共事業に依存してさらに産業が衰退するという悪循環に陥っている。



  そもそも地方にとって必要なものは地方独自の経済と、産業である、それに対して中央に依存する公共事業は地方をガタガタに壊しただけで、何も生まなかったといっていい、これを解決するのは簡単で、地方に権限と財源を与えて好きにやらせれば良かったわけで、それをしなかったというのは自民党は地方なんぞ最初からどうでもよかったと考えていたのではないかと思う。



  自民党は中央集権政党であり、国家の力を集中してなにかをしようという組織である、その分地方に当たるところは衰退し、悪化していく、そういう意味では今の自民党こそ本来の自民党と言え、これが本性なんでしょう。 だから多分マスコミの言う古い自民党というのが、自民党の嘘の部分で、当時の地方の人には選択肢がなかったから、自民党を支持していたら自民党が地方分権政党になるのではないかと思ったのだろうが、歴代の自民党のトップが地方の人間なのは、そういう圧力があったからなんでしょうけど、やはり中央集権政党は中央集権政党であり、変わる事はなく、小泉安部政権と本性をむき出しにしてきたので、地方の人もあきらめたのでしょう。



  その点はたぶん民主党の小沢氏も同じことを感じて外に出たのでしょう、そしてその出て行ったことはおおむね成功つつありますが、ただやはりちょっと遅かったようにも思います、 理想としては田中角栄政権のころに地方分権政党が政権交代をしていれば、この国がこうなることはなかったでしょう。 なぜ地方にそんなに公共事業が必要だったのか?、そういうことをよく考えておけばよかったわけで、それは中央集権政治による地方経済の衰退が大きかったのが原因で、それを安易に公共事業に頼ったのがこの国の選択ミスだったといっていいと思います、



  そのミスは今の日本にとって致命傷になってしまってますが、 ただまあ、まだましな選択肢というものはあるわけで、少なくとも今の状態で中央集権政党である自民党は選べないだろうから、他を選んでいけばましにはなると思います、 しかしいまさらですが、この国の政治は大きな失敗をしていますね、、ああ、これから若い人はこのつけを払わされるのか、なんだかいやな国ですね、日本て。



 


    
  さて、それはいいとして今日は、中央集権と地方分権、ということでも、上でも書きましたが、今の政治論の上で最大限に問われているのが、中央集権か地方分権かという問題で、これは選択肢の問題であるので両立はできません。 



  政治上の歴史の流れは潮の満ち引きの様に波があるもので、時期によって中央集権と地方分権の必要が現れます、日本の場合、明治維新以降は対外的な関係により、中央集権的な政治を良しとし、国家の力のピークを目指す政治をしていたと思います。 


  しかし、長い間の中央集権政治により地方は疲弊し、国家全体の力は衰退し、日本の力は急激に衰退しています。




  そしてその問題に対しての薬になるのが、中央集権の逆である地方分権、そもそも明治維新以降の中央集権政治が成り立ったのは、江戸時代の地方分権制度、まあようは幕藩体制なわけですが、そういう全体が分散している状態が長く続いたので、そういう分散状態ではピークは下がるにしろ全体の力は上がるわけで、その蓄積が大きな意味を持っていたのだと思います。



  それはなぜかというと地方分権をすれば、国家全体に人が散らばるようになり、土地の有効活用が行えるからです、つまり使ってない土地がたくさんある状態では国全体の力を使い切っているとは言えず、ある種効率が悪い状態にあるわけです。



  また、地方分権をすれば地方に人が戻りますから、人があつまれば相乗効果が生まれ、新しいものが生まれやすくなり、国土全体における活性が生まれやすくなります。



  ただし、力が全体に分散するためピーク的な力は薄れ、単独の国家としての力は落ちます、よってこれをするためには国家間連合的な手も合わせて考えておいたほうがよいようです。(この問題があるので今までは地方分権ができなかったのかもしれませんが。)



  まあとにかく全体としていえるのは、明治維新以降日本は中央集権的な政治をしてきたため、過剰な中央集権状態へ来ており、地方の疲弊は著しく、このまま行けば地方の崩壊は目前でしょう。 それを避けるためには中央集権ではなく地方分権へと政治体制を転換せねばならない、失われた十年というものも、地方の疲弊により中央が吸い上げるものがもう地方になくなったのが原因とも言えるので、政策の転換は必要でしょう、どっちにしろもう中央集権はできないわけですから。


 


 


 


    それでは今は週二回ですので、次回は木曜日になります、では次回まで。


 



 

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