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経済学と社会主義の融合、

    どうもこんにちは




  最近は涼しいですね、まあ曇ってたり雨が降っているからともいえますが、今年の夏も終わりつつあるんだなあと思っています。 夏が終わって九月あたりになるとまた、政治関係が面倒になるんだろうなと思い、今はのんびりしているのですが。



  あとはそうですね、、、そういえば最近このブログで今の政治の大きな問題は中央集権だと書いているのですが、そのことでも書いてみると。



  日本の中央集権は、江戸時代の分散型国家から、対外的な国家強化政策により、中央集権化を進め、国家の力のピークを目指すようなことをし続けましたが、戦前においては過剰な中央集権による国家の暴走、戦後においても同じく国家暴走がおき共に崩壊をしました。 戦前と戦後において結果が違うのは、戦前が軍事による国家の暴走であったのに対し、戦後が経済における国家の暴走であったため、国民の被害が経済的な被害だけですんだ、という違いがあるように思います。



  この点、戦前にしろ戦後にしろ中央集権は行き過ぎれば、国家の暴走を生むという点では一致しており、中央集権政策の恐ろしさがうかがえると思います。



  日本の歴史は明治維新以降は、対外的な強化、昔の言葉でいえば富国強兵的な国家政策で動いており、そしてその過剰化による崩壊というものを繰り返す形で波のように推移しており、今の日本はその波が低くなっているところにいると思います。



  そこで問題になるのがその当事者である、中央集権をしていた人々で、戦前は戦争の終わりによってけりがつきましたが、戦後においては経済的破綻しか起こらなかったので、そういう人々がどうすればいいのか、そういう人々を国民がどうすればいいのか、そういう問題が持ち上がっているように見えます。



  そしてその問題は、中央集権をしていた人々の戦前回帰のような形で起こり、軍事化による破綻という形で自らの将来を固めようとしているようですが、あまりに非現実的なため国民は拒否をしているようです。 


  この問題に対しては、地方分権による中央集権の緩和という手が有効なようで、地方分権政党に政権をとらせ、中央集権政党の政策の手詰まりによる国家の破綻を防ぐというのがよいようですが。



  よって今の状況では、民主党等の野党勢力に協力をしておけば、ひとまず国民としては何とかなるようですが、まあ九月以降このあたりの方向性をどこまでできるのかが、この国の鍵になるようではあります。



    



  さて、それはいいとして今日は、経済学と社会主義の融合、ということでも書いてみようかと、前回西洋文明の矛盾ということを書きましたが、そこで書いたのは西洋文明は極論の集合体であり、単純に西洋文明の文物を利用すると、何らかの極論へと向かってしまい、非常に危険なことになるということで、それを避けるためにはその極論の集合体である西洋文明に対し、その極論の組み合わせを自ら考えて調合をしなければならない、とまあそんなことを書いたのですけど、 そういう意味において今の日本で一番必要だと思えることに、経済政策をそういう観点から調合してみるのがいいのではないかと思ったので、書いてみようかと。




  それでどうするかということはもうタイトルに書いてしまってますが、ようは今の日本においては経済政策的には、経済学と社会主義を融合したような考え方で動いたほうがいいのではないか、まあそんなことを書いてみようかと思っているのですけど、


  
  で、経済学と社会主義の融合ということで、一般的に日本ではイデオロギー論がいまだに根強いですから、イデオロギー論的にみて経済学と社会主義というものは両極端な話であるから、相容れないものだという認識が強いと思います、 しかし前回書いたとおり、西洋文明の生み出すものは極論を基軸としているので、経済学も社会主義もある種普遍性はありません、よってその二つを組み合わせない限り普遍的な、流動性を持った意味を持った形にはなれないと思います。




  われわれ日本人は、東洋人であるので普遍性を軸に考えます、ですので日本人的思考で考えるのならば、経済学と社会主義の融合形態がどうなるか?、そこを軸にできるよう考えていったほうがいいように思います。



  前も書きましたがよく言われる経済学の意味とは、経済の成長理論、そして経済に対する供給理論であり、成長しないという考え方や消費をどうするかということはあまり言われず、もっぱら成長と供給を軸に考えているものが多いようです。


  しかし現実は多岐にわたるもので、人間の想定した仮定などとというものはほとんど意味がなく、人が想定していたことというものは、現実的な意味を持たせるためにはその想定していたことを常に動かす必要性があるわけです、 そして西洋文明のような極論的世界は、極論であるがゆえ片道切符的な理論が多く、戻る道はありません。




 よって西洋概念をつかうには、戻り道に近い考えをもう一つセットしておいて、一つの考えが間違っていたときにそれを動かすことができるように、あらかじめ細工をしておく必要がある、 その点において経済学の戻り道にいるのは、社会主義的な思考であり、経済学がおかしくなったときに軌道修正するには社会主義的な手法や考えを使う必要がある。



  そして経済学と社会主義を融合したときに、初めて経済学や社会主義も実用性を持ち始めるようにみえる、経済学は供給理論や成長理論が強いので、それを補う消費理論と非成長理論を持つ社会主義を合わせれば、経済学の実用性は高まるだろう、同時に社会主義の供給や成長を部分的に否定している硬直性も、経済学と合わされば緩やかになり、社会主義も実用性が増すはず、




  まあこれまで書いてきたことは私の私見に過ぎないので、私にはそう見えるというだけであり、必ずそうだというわけではないのですが、ただやはり今の日本の現状を見ると、経済学を万能視した弊害が強く、社会主義を切り捨てた弊害も大きいように思えるので、 やはりこの二つを合わせたときにのみ、この二つは意味を持つのではないか、それを単純に一方が正しいのだから一方は間違うという二元論で進めてしまったからこういう時代が来たのではないか?、そう思えてしまうので、そういう経済学と社会主義の融合のような形をこの国にとりれれば、もしかするとこの国の問題も解決するのではないかと思います。


 


 



    それでは、今は週二回ですので、次回は来週の火曜になります、では良い週末を。


 


 



 


 

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