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今の政治情勢、と、基準は人間に持つべし、

    どうもこんにちは


 


  日曜日にあった選挙では民主党が圧勝し、自民党は事実上崩壊したようで、政治的な形というものを大きく変える選挙だったのは間違いがないでしょう。 特に大きく変わったのは、地方政党が自民ではなく、民主になったこと、自民党は地方ではほぼ全滅し、自民党という党の地方での終わりが今回の選挙で起こったと見ていいのではないでしょうか。



  今回の選挙においては年金問題が大きなテーマとしてありましたが、結果から見るとどちらかというと農業、そして地方の問題というのが実は大きなテーマだったようで、それに対して対処をして民主党が支持を受け、地方切捨てを進めた自民党が大敗したというのが今回の結果の意味のようです。 


  色々調べてみると、今回の選挙において大きな意味を持っていた農業そして地方の問題に対して、特に農業の問題に関しては自民、民主の対立はかなり大きなものがあったようで、どうやら地方の人が怒ったのは自民党が数年後にやろうとしている、農業の集団経営化というものが大きなウェイトを持っていたようです。




  自民党のやろうとしている農業の集団経営化というものは、農業を大口のところにして経営を大規模化して、輸入等にも耐えようという話で、そのために小口の農家は切り捨ててやめてもらうようなそういうことを目指していたようです。 しかし、日本の農業は小口が多いので、どうやら反発が多かったようですね、

  それに対し民主党の農業対策は、小口のままで保障をしていくという形で、農産物を作るごとに補助を出して、農業生産を円滑に行えるようにするという案らしく、どうやら地方の人はこの二つの案を見て、民主党支持を決めたようです。




  この二つの考え方を見ると、一見自民党のほうが効率的で現実的に見えますが、実際のところは違って私の知る限りだと自民党案を通すと日本の農業は全滅します、 何故かというとまず日本の農業は耕作できる所が少なく、また地形がでこぼこしているので、大規模農業には向いていないということと、 日本の農業は衰退をしていて、大規模農業をするだけの体力がもうないという二つの問題があるので、自民党案を通すと日本の農業は殆どだめになると思います。



  日本の農業の衰退は著しく、日本の農業従事者の平均年齢は確か60歳くらいらしくまた、その4割が日本の農業の未来に絶望をしていると答えている状態で、大規模農業をやったらどうなるか?、当然殆どの人が農業を辞め、農業は全滅するわけですね。




  その点民主党案ならば、ひとまず日本の農業の自然消滅的な流れにある程度ブレーキをかけることが出来、今の状態では妥当な案だと思います、民主党の農業政策はばら撒きだといわれていますが、先進国では大体やっている方法らしく、日本がやっていないほうがおかしいくらいで、やはり自民党の農政が農家にメリットが無かったのはこの点からも明らかでしょう、



  そもそも農業というものは、企業理念、もしくは工業概念とは相容れるものではなく、人工的な方向性と、自然への方向性は大体一致せず、農業に対して工業そして企業的な考えを取り入れるというのは、基本的には間違いです、場合によってはいいときもあるかもしれませんが、基本的には農業に対して企業、工業的な考えを入れると、農業は崩壊します。



  工業、企業的な考えは高付加価値、そして高い生産性を目指しますが、それでは一部の農家しか生きれなくなります、また作るものに偏りができ、天災にもろくなったり、食糧自給という面においてはそういう方向性では、安定化しないわけです。 ですので本来農業に対しては、絶対必要性から見たときの対処という判断をすべきであり、本来ならば農業の成立のために他のものをある程度犠牲にして行く考え方がいるわけです。



  それが自民党がやったのは自らの利益のための政治であり、農家の利益のためというものではなく、そういうことを繰り返した結果、農業というものが成立しないようになって、農業が荒廃したところで、農業の企業化という禁じ手を使い、反発を受けて自民党は地方から追い出されたわけです。



  そもそも普通に農業をやると生活ができな状態であるのが問題なのであって、近代化し、先進国化すると貨幣的なものが強くなるからなのかは分かりませんが、農業というものは先進国化をすると普通には成立なくなるもののようではあります、ですから農産物を作ってそれに対して国家が補填をして、農業が成立するようにする義務が国家にあるわけで、それを怠った自民には厳罰が必要でしょう、民主党の言うような案を数十年前にしていれば、農業の方の高齢化は止めれたのではないか、まあ日本の農業を救いたければもう自民党に入れないほうがいいようですが。


 


 



  さて、それでなぜか今日も二本立てで、選挙が終わったら休む予定だったのですが、ちょっと色々書いてみたかったので、それで一つ目として今の政治情勢についてということでも書いてみようかと。 今回の選挙を含め、政治の世界が大きく変わってきています、そういうことを見て考えたことでも書いてみようかなという程度の話なのですが。




  で、今の政治情勢についてということなので、そうですね、まずは民主党について思っていることを書いてみると、


  今の民主党とはなにか?、と問われたら私は昔の緑風会のようなものだと答えると思います、緑風会とは戦前か戦後直後にあった大きなグループで、政党ではなくただの会だったようです、 その会の特徴は拘束をかけず、徹底的に議論をしそれで話が割れたら自由投票をするという、そういう組織だったようです。



  今の民主党は非常に幅の広い組織であります、右翼と左翼が一緒にいる組織ですし、鳩山、菅、小沢の三氏はどう考えても方向性がばらばらですが、民主党内ならば協力できるわけです、この形は政党というよりは昔あったその緑風会という組織に似ていると思います。

  まあ今の民主党は梁山泊的なところもある、多少アバウトな組織ではありますが、今のような流動性の高い時代においては一番利用価値のある政党だと思います、ただいずれは変わるかもしれませんが、




  次に自民党については、今回の選挙を見ても分かるように、自民党はもう保守政党ではなく、昔の社会党のような革新的政党になったと見ていいでしょう、都市重視政策、金持ち重視政策が多いので、一般市民や地方の人にとっては殆ど意味はない政党ですので、いずれは縮小化は免れないでしょう、 たぶん昔の社会党くらいの大きさまで縮小していくのではないかと思います。




  次に公明、共産、社民の少数政党は、三つ並べて書かれると腹の立つ人もいるかもしれませんが、少数政党ということで一括りに見ていくと、 このまま行けば消える可能性大ですね、しかし一つ生き残る可能性があるのが、これからくる可能性の高い自民党の縮小過程において、議席の確保を狙うという方法をうまく使えればいけると思うのですが、それまで持つかどうかですかね、 ですのでこの三党の方はさっさと自民党がつぶれるような形に、いかにもって行くかというのが課題になるような気がします、 そして民主党に頼んで、少数政党でも残れるような形を提示すべきではないでしょうか、そういう形を提示しつつ協力を申し出て、早い段階における自民党の縮小を共同で行う、そうすれば生き残れるような気がします。


 


  まあとにかく全体として言えるのは、地方を民主が握った以上民主体制になる可能性が高いだろうということと、自民党もここまで負けてしまったら再起は難しいということ、自民党の狙っているのは都市型政党であるので、この点から見てももう再起は無理ではないだろうか、あとはそのあたりの住み分けの問題と、少数政党の問題、あとはどうやら今回の選挙で増えた、無所属の人の増加という問題、日本全体にある政党政治批判的な視点、国民の半分が無党派であるという現実を見るに、これからの日本の政治がガチガチの政党政治でいくのか?、それとも民主党のような、ゆるい政党政治をしていくのか?、


  とまあ、ちょっと思ったことを書いてみたのですけど、あまり内容がなくてすいませんが、これからの政治においてはこのあたりが問われるような気が個人的にはします。


 



 


  さて、それで二つ目として、基準は人間に持つべし、ということでも、時代変化、社会変化、そういうものを見てみてもおおむね決まっているのは、人のためにならないことをすればすべてが終わるということ、それは国家であれなんであれ同じであって、人の生み出すものは人のためにどうであるかということしか、本質的には問われていないところがあると思います。 そういう面を考えていて、やはり何であれ基準というものは人間にもたねばならないものだなと、思ったのでちょっと書いてみようかと。




  それで、基準は人間に持つべしということで、今の世の中を見ていると何か非常に大きな崩壊の音が聞こえるような気がします、そしてその原因を探っていくと、人間のことを考えるところが日本全体から失われているということが、その日本の崩壊の根本的原因としてあるように思います。 


  企業は企業であり、国家は国家である、人間はどこにいるのか?、人の立つべき世界はどこにあるのか?、そんなものはこの国には存在しない、あるのは機構としての意味だけであり、日本においては人間とはその機構上のパーツにすぎない。




  戦後の最初のころ、人を生かすための方策として経済の活性を願った、しかし今となってはその願いが、ただの欲望と化し、人間は経済を生かすための道具になった、現実は理想ではないのかもしれないが、人間を主体にしない世界を果たして人間の世界と呼べるだろうか?、それは一つの世界だとしても、人の世と呼ぶには語弊がないか?。




  経済を基準ににんげんをかんがえるのならば、それは人間にとって意味のない世界になる、国家を基準ににんげんをかんがえるのならば、それも人間にとっては意味のない世界になる、そもそも国家も経済も基準にはなれない、


  人の世は、人の世たることを望む、この世の根底にある望みは、この世のすべてでもある、だから人の世であるからには、それ以外の形は成立しない、それ以外の形を望んでも必ず崩されると考えたほうがいいだろう。




  結局むずかしいことも、複雑なこともなく本質は純粋かつ、単純である、人間にとってはようは人間にとっていい世の中ならばいいのだ、だから人間を基準に考えてみればいい、ただしこれは情で考えるのではなく、合理的に考えた上で人間を基準に見て、国家経済を従属的なものと見てみる、そうすれば色々なものが見えてくるはず、それがこの国にとってのそして日本人にとっての解決案であり、答えである。



  国家、経済も力は強い、しかし力が強いからといって意味があるわけではない、結局人にとってはこの世とは人間という抽象的な存在しかおらず、その抽象的な存在の副産物として力が存在しているのだ、あくまで中心に立っているのは人間である、その周りにあるものが中心に立つことはできない、それはこの世の機構上そうなっているので違える事はできない、



  今の日本にとって必要なものは、その中心にいる人間というものに対して、どのような副産物的な力に合うのかということを、ためし、そして模索する作業である、今はまだ答えは出ていないしかし、答えを出す方法は常に同じである、つまり、人間を生かす方法は何か?、そう、それを模索していけばいい、国家や経済などというものはどうでもいい、そういうものはいくらでも変わりうるものだ、それを主点で見てもあまり意味はあるまい、



  だから人間を基準に持つべし、なんですね、これさえ守ればそうそう人の行いは間違うことはない、ただしこれを行うには情や経験や知識ではなく、合理的基準として人間をおいたときに派生する、全体の形の変化というものを読む必要がある、まあだから簡単にはならないかもしれませんが、しかし、人間以外を基準にしたら必ず失敗する、だからこの必ず失敗するということさえ避けれれば、そうおかしくなることはないと思うのですよ、


  だから今の世の中のような、経済、国家のほうが力が強いから正しいという、単純論だけは絶対に避けたほうがいい、どんな手を使ってもこれは潰したほうがいい、確実に失敗するし、早く潰さないと本来われわれ人間を守るためにあるはずの力というもの、現代でいえば経済や国家というものが衰退して、収拾がつかなくなってしまう可能性が高いので。  


 


 


 


    それでは今週はこれまでで来週は休もうかと思っているので、次回は再来週の火曜になります、では次回まで。


 


 


 


 



 

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