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知識を否定する努力、

    どうもこんにちは


  きのうは暑かったですね、何でこんなに暑いんだ?と思っていましたが、夜になってきたらまた寒くなってきて、どうもまとまりのない季節感といいますか不思議な感じがします、そういえば地震もおきたそうですし、地球全体が妙な感じになってきているような感じがします。 なんとなくですが今から思うとノストラダムスの予言というのもそんなには外れていなかったように思えます、確かにこのまま行けば人類は破滅かそれに近い状態になるでしょうし、やはり宇宙移民とかそういうこともそろそろ真剣に考えたほうがいいのかもしれません。



  さて、それはいいとして今日は、知識を否定する努力、ということでも書いてみようかと、日本人は記号が好きといいますか、知識を万能視する体質があるように思えます、例えば頭がいいという場合多くの場合は暗記力のことをさすことが多く、多くのことを知っている人を良しとするところがあると思います、しかし現実というものは常に動くものであり、そしてそのすべてをしることはできず、また中途半端に物事を知っていることが原因で死活問題になることも多い、ならば知識というものを単純に肯定するのではなく、どちらかといえば知識というものは否定的に見たときにこそ価値を持つのではないか、と思ったので書いてみようかと。



  それで知識を否定する努力ということで、この考えを思いついたのは昔よんだ本に書いてあったことで、その本に書いてあったのがヨーロッパの大学とかだと、教師が言ったことをそのままテストに書くと零点になるという話が載っていて、ヨーロッパの教育の場合知識の量を増やすのではなく知性をどう高めるかということを重要視しているようで、まあそういう話を読んでみて日本の教育のやり方を見ていくとあまりに話が違うわけですね、日本は知識重視で知性というものはあまり重要視していないわけですから、そのあたりを考えていくと例えばなぜ今の日本がおかしいのか?、と考えたときにそのあたりの知識重視の体質が原因として、引っかかってきているのではないかと思えたのです。



  例えば日本人の知識好きというのは結果として、柔軟性の欠如というのも生みやすいのではないか、日本で感情論が通りやすいのも、知識的な認識というものを重要視するため、知識以外にある知的な世界というものが理解できないのが原因のように見えます、つまり日本には言葉という物と、それを感情的に考える人間という生物の二つしかいないように見えます、それ以外が見えない、知性的な形というもの、不明瞭だが柔軟性を持ち現実という不確定なものに対して有効性を持つものを持っていない、だから日本人は判断しなければならないときに、知識という固定観念に縛られて自らの破滅を生みやすい、現実は常に動くものであり、知識は常にとまっているものである、本来ならばこの補完のために知性というものを働かせるものだが、日本人はこの点が著しく劣っている。


  だから私が思うに今日本人が一番やったほうがいいと思えるのは、知識を否定してみることではないかと思います、例えば知識を否定すればその代わりを求めねばならないでしょう、そうすることによって日本人も硬直した知識からくる判断ではなく、柔軟性を持った知性からくる判断ができるかもしれない、そしてそういう柔軟性こそが日本のような小国を生かすのだと思う、多分そこに日本や日本人を生かす最大の鍵があるのではないか。



  そして知識を否定するということはそういう大きな面だけではなく、実用的な面でも大いに効果があると思う、例えば今は情報が氾濫していますが、同時に時代変化が早く情報の陳腐化が急速に進んでいると思います、それがどういう意味を持つかというと、今の時代は多くの情報を得ることができますが、同時にその多くの情報が急速に意味を失っていくわけです、そうなると多くの人が多量の使えない情報というごみを背負うことになるので、そういうごみがだんだん重くなってきて身動きが取れなくなってくる恐れもあると思うのですね、だとしたらそのごみである情報を捨てないといけない、そしてそのためには日ごろから知識というものを否定するように考えておいて、ごみを捨てやすくしておくというのもいいのではないかと。




  まあとにかく全体的にいえるのは、今の日本の問題点としてあるのはやはり、柔軟性のなさだと思うのです、その原因はやはり知識重視を長くやってきたために目の前にあるものではなく、頭の中にある知識を重要視する癖が強いので、ある種の集団妄想に近い形で今の日本は動いているように思います、そしてそういう形は権力者にとっても都合が良く、最近の政治はファシズムもしくは全体主義的な洗脳を第一とする政治観念で動いてきていますが、やはりそれをさせているのもまたこの日本人の知識好きが原因だと思います、他の要素でも今の日本は過剰な量の情報が流れていますから、単純に知識を肯定していくと、その多量の情報のせいで人生が破壊されたり、社会が大きく歪んだりすることもあると思います。



  そしてそれを回避するためには、知識というものに対して懐疑的なスタンスを持ち、単純には知識の価値を認めず、知識というものは限定的な意味しかもっていないものであり、万全なものではないということを理解した上で、初めて日本人は知性という領域に踏み込めるのではないでしょうか、まあ確かに誰もがこういう風にできるというわけではないですが、そういう部分なり人なりを認めておかなければ、この国が将来急カーブを曲がらなければいけなくなったときに、カーブをまったく曲がれなくて直進して終わるでしょう、そもそも知識というものはそういうものであり、現実を目隠しするような面を持っているわけですから。



 


    それでは今は週二回ですので、次回は木曜になります、では次回まで。
  


 


 


 

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