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認識の最終形は牢獄である、

    どうもこんにちは


  少し前に海賊の歴史についての本を読んだのですが、なかなか面白かったです、カリブ海の海賊とか、そういう人たちの話で、どの人も数奇な運命というか、どうしてこうなったんだろうと思うような人生を送った人が多かったです。 たとえばとある人は軍人としてアフリカに行ったら、そこの軍部が商人に買収されていて、黒人の奴隷運搬のために奴隷のようにこき使われて、それで逃げて海賊になったとか、他の人も、当時の海運関係の待遇の悪さから海賊になったという人が多いようです。 よく海賊というと悪党のように思われますけど、当時のカリブの海賊になった人は、あまりに滅茶苦茶な世の中だったので、それから逃げるために海賊になった人がほとんどだったようです、だから今でもカリブの海賊といっても、それほど悪いイメージがないのは、そのあたりのことを多くの人が感じるからなのではないかなと、その本を読んでちょっと思ったのですが。



  それで、それはいいとして今日は、認識の最終形は牢獄である、ということでも書いてみようかと思います。 私もそうなんですけど、今の時代とか世の中というのは時代の転換期であり、なにがどうであるかということがかなり分かりづらくなってきていると思うのです、自分はこうだと思っているけど、実際は違うということがよくある。 そして危険なのがそういう誤認が最終形まで行ってしまって、その人の精神が牢獄のようなものに入ってしまって、出れなくなってしまい、人生が無茶苦茶になってしまう事があるような気がします。 だからそういうことが起こる構図というか、形のようなものを知っておくのもいいかなと思ったので、書いてみようかと。


  それで認識の最終形は牢獄である、ということで、人はいろいろなものを知りますが、しかし視野の限界があるように、認識の限界というものもあります、物を知る、物を分かる、ということは同時に分かって納得した分だけ好奇心や自分が理解していないのではないかと思う気持ちを非常に小さくしてしまうわけで、人間は知ってしまった以上それ以上は知ろうとはしませんから、一つのことを認識するということは、同時にその一つのことの持つ方向性をもう知ろうとしなくなるという弊害も同時に発生しているわけです、人間は知らないことは知ろうとしますが、知っていることをはもう知ろうとはしません、そしてそこが人間にとっての認識の死角になるのです。


  そしてその点において今の時代はどうでしょうか、情報があふれ人にどう認識させるかということを、かなりえげつないレベルまでやろうとしています、その上、今は時代の転換期であり、状況というのがはっきりはわからなくなってきています、そしてその二つが合わさればどうなるでしょうか?。 そもそも情報を伝える立場のマスコミはそれほど能力があるわけではありません、彼らが持っているのは情報を伝えるノウハウと力だけです、そしてそういう連中が発生させる情報が、今のような複雑な時代を表せるは思えません、



  そうなるとどうなるか?、マスコミは確実に間違った情報を伝えるでしょう、何故かといえば彼ら程度のレベルでは、今の時代を理解する事ができないからです、そうなると権力に取り入ったりしてプロパガンダ的なことを繰り返すだけになるでしょう、今のマスコミが腐っている一番大きな理由が、情報伝達者であるのに、あまりに無能なので情報の伝達がどうすればいいのか分からなくなってしまっていること、状況を理解してそれを情報化して伝えるわけだから、そもそも状況を理解できない今のマスコミでは、情報を伝えること自体が不可能なんですね、多分彼らには無理でしょう。


  
  そして本分である情報の伝達ということが不可能になったマスコミは、本来は副業であるプロパガンダ的な方向性で食い繋ごうとするでしょう、そしてそれが多くの人にとってどういう意味になるかと考えたときに、マスコミは精神の牢獄を提供するだけの機関に成り下がるでしょう、つまり見た分だけその人の精神を捉え出れなくするような、罠に近いものを仕掛けるだけになってくると思います、そしてそれが極限になったときに彼らマスコミの存在意義はなくなり、彼らは死ぬのでしょう、たぶんマスコミの終わりというものはそういう形で来るのではないかと、個人的に思っていますが。


  まあ何にしろそういう形、マスコミが情報の伝達の権限を持ったまま、その伝える能力を失つつある状況では、多くの人にとって真実が伝わることがないのに、本質的ではないプロパガンダ的な曲がった情報が伝わるようになり、結果として多くの人が何らかの誤認の上に立って生きることが増えてくるわけです、これが認識の最終系へと人々が進んでいる原因の一つで。


  そしてもう一つが、マスコミもそうですが、同時の多くの人々にとっても今の時代を読むのは難しく、自分の中の認識と現実との乖離というものは常にあり、なにが正しいかということは、そのつど変わるぐらい不安定で、明確な答えを見出したくでもほとんどの人には不可能でしょう、その点においてはマスコミが陥っている問題に、我々自身も陥っているのだと思います。



  そしてその問題をどうするかと考えてみると、まず言えるのがマスコミから距離をとること、今のマスコミには真実を伝える能力がありません、そのかわり見ている人をだまして利用しようという意図が非常に強いので、見るメリットはないでしょう、スカパーとかの番組や一部のマスコミは結構いいのもあるのですが、一般的なメディアははっきり言って見ないほうがいいような気がします、そういう一般的なメディアで、下手に物事を知ってしまうと、最初のほうで書いたように知った分だけ知ろうとしなくなりますからその弊害が大きいので、私の考え方だと、一般的なメディアから情報を得るというのはあまり薦めれません。


  それならどうするべきかというと、やはりネット等からの情報の収集が良いと思います、私はもうネットに情報源が切り替わってますが、おおむね良好ですね、やはりマスコミのような見ている人をだますような意図が、ネットではあまりないので(もしくはやり方が稚拙なので)、少なくともテレビや新聞を見ていて思う、騙されている感じというのはないので、そろそろ情報源をネットに切り替えたほうが、今のような時代では良いように思えます。



  まあそれで、全体として認識の最終系が牢獄である、というのは、まず認識をすれば認識をするほど、同時にその知ってしまったことが死角になったり、錯覚になったりすることがあるということ、そしてそれが積み重なってしまうと、ある種の精神の牢獄のようなものに入ってしまって、かなりおかしな状況に押し込まれてしまうということ。 そして今の時代は時代の転換期であるので、そういう誤認や認識上の錯覚のようなものが、非常に起きやすくなっているという事。 そのうえ、今のマスコミは大した能力がないので、今の時代というものを読めてはいないので、本来は副業的であるはずのプロパガンダ的な生き方に活路を見出そうとしていること、その結果一般的なメディアを見れば見るほど、かえって間違った認識をしやすくなっているということ。


  そして、マスコミもそうですが、多くの人にとっても今の時代は難解なものであり、理解しがたい面があります、それを助けるものとしてやはりネット等の情報というものを重要視するのが良いのではないかということ。 まあその辺りを見ていくと、やはりこれからの時代は自分を主体として、自分自身の手で認識する世界を作り上げるような、そういう時代になりつつあるのかもしれません、そういう意味では今まで人々は、精神の牢獄の中で暮らしていたのかもしれませんね、やっとその扉が開き始めたのかもしてません。






    それでは今は週二回ですので、次回は木曜になります、では次回まで。






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