01 月<< 2020年02 月  1234567891011121314151617181920212223242526272829  >>03 月
 

合理性の非合理性、

    どうもこんにちは


  最近のゲーム市場を見ていると、だんだんとテレビにつなぐゲームが減っていって、パソコンを使ったものへと変わっていっているようです、といってもほとんどはオンラインゲームですが。 一時はオンラインゲームというと韓国製が主流でしたが、最近は日本も巻き返しを狙っているようです、しかしそういうところを見ても、日本人は今の時代の流れから一歩遅れていますね、何を見てもそうなんですけど少しずつ遅れている、今の日本では喧々諤々と色々な議論が起きていますが、そんなことを考えるよりこの何で一歩遅れるのか、何で後手後手に回るのかということを具体性から考えれば、この国の問題点も難しくなく簡単に分かると思うのですけど。



  さてそれで今日は、合理性の非合理性、というということでも書いてみようかと思います、少し前にあるある大辞典が納豆ダイエットのデータが捏造だったとか何とかいうことがありましたが、私もあの番組は胡散臭いと思っていたのですけど、なんでも科学データを出してそれが正しいと言っておきながら、そのデータがおかしかったとかそんなことがあったようです、まあ昔からあの番組ではやってたようですが。 まあそれで、そういう合理的であるといいながら非合理的であるという問題、科学のような合理的であって正しいよ?、といっておきながら実は非合理であって間違っていること、そういうことが最近は多くなってきたなあと思ったので、そこら辺のことを書いてみようかと。



  それで合理性の非合理性ということで、合理的な考えかたというものが色々と今の世の中ではありますが、しかし合理的といわれているもののかなりのものが、実は非合理的な側面を持っていることが多い、たとえば科学であれば合理的かというと、実際はそうではない、生物学や医学などは、対象が生物という不確定なものであるので、実はそれほど言っていることがあっているわけではない、もしくは間違っていても気づかない恐れがある学問である。 だからあるある大辞典では、医学や生物学の分野をあつかっていたので捏造がやりやすかったわけです。


  これがもし科学の一分野である、無機化学というものだったりすると、こんな捏造はできません、全部ばれます、無機の化学というのは物質的なもの、鉱物とかを対象にしているもので、実験を重要視する学問で実験の精度が非常に高く、生物学や医学とは精度の次元が違います、この分野で捏造するのはかなり難しいでしょう。 ただまあだから生物学や医学が間違いが多いかというと、そういうわけではではなく科学の世界でも人間に近い学問は全体として精度が低く、人間から遠い世界になるほど精度が上がるという全体の流れがあって、そういう科学全体の性質のためにおきているのですが、とにかく、科学だから合理的で精度も高くほとんどあっていると考えると、そうでもないですね、生物学や医学のような人間に近い分野になってくると、結構アバウトな学問にもなってきます。



  そしてそういう科学という合理的といわれているものを使えば、その科学の中のあまり合理的でない部分を使って、その錯覚によって人をだますことができます、ある種霊感商法に近いのですが、絶対的に正しいんだというものを見せておいて、実はそれがそれほど正しいものではなく、色々な捏造をして相手をだまそうとする。 今の時代は科学の発達のせいか、数式を使ったり科学のまねをすることによって、おのれの正当性を高めて何かをしようという考え方が非常に強くなってきています、しかし、科学といえどもそもそもそれほど正しいものではなく、また科学においても精度が高いのはどちらかというと人間から離れた分野がおおいので、科学を応用し人間の考え等に科学的な手法をまぜたとしても、そもそも科学というものは人間に近づくほど精度が下がりやすいという面があるので、そうやって科学的な手法を取り込んで、自分のやっていることが合理的で、精度の高いものになったと言っても、実際は殆ど意味がない場合が多く、ただ難解な言葉や理論を見せびらかして、人をだましているだけになっていることが多いです。  



  今の時代、科学万能といわれていますが、そもそもの科学自体万能なものではなく、それほどはあってません、非常に精度の高い分野もありますけど、全部がそうなわけでもなく、万能といえるものでもない、しかし多くの人にとって科学は万能であって精度の高いものだと錯覚されている、だからその科学的手法や概念を取り入れれば、自分も万能であって精度の高いものになれると、色々な分野で吸収をしようとしているようだが、それではよくでも錬金術くらいにしかならないでしょう、科学が科学たるゆえんは、人間の排除というものを徹底しているところにあるわけで、人間の排除というものさえできれば、科学概念を取り入れなくても科学のようになることはできる。


  そもそも科学が合理的であるという、その合理性というものは、中立中性であることを極限まで求めて行く方向性のことです、ですから科学は人間を排除することによって、合理的であり、精度の高い形を維持しているわけです、まずここを理解しないといけない、そして今の時代、合理性というものを理解しないまま、合理性というイメージを悪用して、おのれの我を通すやからが増えてきています、たとえば数値を使ったり、統計学を使えば、それがあっているかのように見えますが、そもそも上で書いたように合理性というものは人間の排除が主たる目的なので、そういう輩の言う数値や、統計学的にどうだということを調べてみると、多くの場合何からの意図によって表れた数値、何らかの意図によって累計された統計、そういう捏造に近いものになっていることが多いように思います。  



  まあとにかく全体としていえるのは、合理性の非合理性というものは、科学が発達し、科学的手法というものが世の中に浸透してきたが、そもそも科学の合理性というものは人間の排除によって生まれるものであり、科学的手法を取り入れたからといって科学的な合理性や、精度を持つことにはならないということ、もし合理性を取り入れたいのならば、人間という概念を排除してみてみることが大事だということ。 そして、今の世の中で合理的であるといわれるものの多くが、実は非合理的なものが多く、本当に合理的な考えや意味を持ったものは少ないということ、科学や、数値、数式、難解な言葉等を使って、多くのものが多くの人をだまそうとしていますけど、そういうものをみたときに合理的に見せているだけで、実際はそうでもないのではないか、と考えてみるのが今のような時代においてはいいように思います。





  それでは今は週二回ですので、次回は来週の火曜になります、では良い週末を。






関連記事




  • このエントリーのカテゴリ : 未分類

コメント



 編集・削除ができます。
 管理者にだけ表示を許可する
 
 

文字を大きく・小さく

     

    プロフィール

    ryuuguunotukai2

    Author:ryuuguunotukai2
    政治などの記事を書いています、少しでもいい世の中になればと思いつつ全然ならないですね、まったく。

     

    カレンダー


     

    黒ねこ時計 くろック E01

     

    最新の記事(全記事表示付き) *frame*

     

    検索フォーム

     

    カテゴリーメニュー

     

    月別アーカイブ(タブ)

     

    全記事表示リンク

     

    天気予報


    -天気予報コム- -FC2-
     
     

    アマゾンの本、

     

    PR

     

    PR

     

    PR

     

    PR

     

    里親探し

     

    PR

     
     
     

    本の紹介、

     

    楽天のお菓子、

     

    お茶とコーヒー、

     

    PR