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公は民業を圧迫し、民業は国民を圧迫する、

    どうもこんにちは


  最近は寒いですね、最近の気候からちょっとhotwinterを期待していたのですが、やっぱ寒いです、さすがに暖かい冬というのはないようで。 さて、それはいいとして今日は、公は民業を圧迫し、民業は国民を圧迫する、ということでも。 最近政府の連中は、民営化だ何だと騒いでいますが、しかしなんでも民営化すればよくなるかといえばそうでもない、実際5年間に及ぶバカ総理時代に色々な民営化が行われましたが、国民の生活はどう考えても悪化している、ほかでもこのバカな人は民間企業の権限強化というものをいろいろやったが、そのほとんどは国民にとってメリットとはなっていない。 しかし本来ならば、そういう行為は国民のためになるはずといっていたのだから、国民のためになるはずのことなのに、なぜならないのか?、そういうことを考えていてあれこれ思いついたので書いてみようかと。


  それで公は民業を圧迫し、民業は国民を圧迫するというのは、そもそも民間企業等の性質というものは、公という意味がなく、実は私的なものなのではないか?、まあそんな風に見えるのです、つまり多くの人にとって民間企業という概念、大きく見れば商売という概念はあまり意味がないのかもしれない、とまあちょっと思ったのです。 それでなぜそう思ったかというと、そもそもビジネス、もしくは商売というものは、ただ物を積み上げていくだけの世界のように私には見えるのですね。  そういう世界は、どう積むか?、何故積むか?、そういうことを考えずにただ積むだけの世界、肥大化はするが調整のない世界、まあそんな風に私には見えるのです。



  そしてそういう方向性は、人々にとってどういうものであろうかと考えてみると、不安定であって、重課になりやすいものだと思えるのです。 そもそも人間というものは生活できるだけのものがあれば十分な存在なのであって、過剰に物事を積み上げる必要はないわけです、しかしビジネスの世界、商売の世界は、どれだけ過剰に積めるかという世界なわけですから、初期段階の生活に必要なものの確保としてのビジネス、商売以外のものは、本質的には必要なものではなく、それはただ人間の際限のない欲望に根ざした、ある種の異常なものでもあるわけです。

  もちろんこの世というものは混濁したものであり、それほど整った世界ではないと思います、しかし、調合性のない方向性を際限なく進めれば、どこかでその偏りは人間が支えれないレベルまで進み、いずれは崩壊するわけでしょう。 


  ですから、単純な意味で商売、ビジネスを完全に認めるということはまずなくて何らかの規制、調整というものが起き、そういうものは一般的には公といわれるもの、公といわれる考え方になるわけです。 だから公といわれるものは、民間企業に対する圧迫という性質を持ち、それは圧迫ではありますが、同時にビジネスという欲望に根ざした過剰な方向性に対する調整、コントロールという意味も持つわけです。


  そしてそういうようにしてバランスの良く取れている状態を、真に良い状態というのだと思います、そもそも民業というのは人間の欲望の具現化、最大化を目指すものであり、それ自体を完全に認めることはできない、だからその方向性に対する調整として公というものがある、よって、公というものは民業を圧迫するが、それは民業という過剰なものに対する調整をしているという意味があるわけで、それをしないと過剰化したビジネスという毒物が、人類全体に浸透し、人を害するようになるわけです、


  根本的にそもそも人にとって必要なことは、人間がよりよく生きるためにはどうするかということであるはずで、どこまでも欲望をもっていくことではないはず、だからビジネスや商売という欲望に根ざし、そしてそれを最大化しようとする方向性は完全には認めれないわけですね、そのために公という概念があり、それは国家が持ってもいいし、商売人でもいいし、国民でもいい、がそういう方向性、商売という欲望の暴走のようなものをどうコントロールするか、どう調整するかというそういう方向性というものは、かならず必要なわけです。



  そしてその点に関して今の日本は、民営化が何だといって、企業に任せれば何でも上手くいくといっているわけです、しかし商売というものは欲望に根ざしているものであって、それ自体に己をコントロールするような意味はないわけです、欲望で欲望をコントロールするというのは無理ですから。 だから本当の意味を考えるのならば、公と、商売と、国民、この三つのバランスをどうとって、どうより良くするかという考えが本筋なはず、少なくともビジネスの世界を完全に肯定するような考えは成立しないはず、なぜならそういう方向性は、欲望を完全肯定するのと同じだから、崩壊した世界か、犯罪的な世界しか来ないでしょう。


  まあとにかく、全体的に言えるのは、民業のような商売の世界を完全肯定してしまうと、商売の世界というものは、人間を圧迫する世界でもありますから、人を圧迫するだけの世の中になります、だから本来は公という概念を持ち、その方向性の調整を取るのが筋なのですが、今の日本では公というものは悪である、そして民間企業のような商売の世界は善であるという、単純な二元論で考えるようになってきていて、本質的な意味としてある公とビジネスとの関係というものを考えていない、だから人々の生活は崩壊し、それによってビジネスの世界も崩壊しつつあり、結果国家も崩壊しつつあるわけです。

  だから今の日本において本来やるべきことは、今の状態においてどのような公というものを用いるのが正しいのかということを、考えるべきなのですが、今の日本の政治家はバカでないとなれない不思議な職業になっているので、彼らがこういう問題に気づくことはなく、この国は崩壊へと進むのでしょう。








    
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