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国家から民族の時代へ、

    どうもこんにちは


  最近は民主党と与党の選挙が色々あるようですね、結果から見ると大体五分五分でしょうか、沖縄の選挙は残念でしたが、まあ、創価学会がなんかしたのでしょう、今の日本でまともな選挙というのはまず行われないので、しかしその中でそれなりに有利である選挙も半分くらいあるのは、なかなかいいのではないでしょうか、昔は候補を立てることすらできなかったわけですから。 それで選挙の動きを色々みていて思ったのが、多分今の選挙で投票している人々は自民党に投票している人は創価学会がメインで、民主党に投票しているのは元自民支持者が多いのではないでしょうか、だから民主党でも与党に勝てるわけで、自民党は創価学会に頼りすぎたため、支持者が民主党に逃げているようには見えますね。


  さて、それはいいとして今日は、国家から民族の時代へ、ということでも書いてみようかと、まあ前回の続きのようなものでもあるのですが、前回は国家という概念から別のものが生まれるのではないか、というようなことを書いたのですけど、今回はそのうまれるものの一つの方向性として、民族という古い概念が表れるのではないか、そういうことでも書いてみようと思っているのですが。


  それで国家から民族の時代へということで、前回も書きましたが人口の増大、ネットワーク、交通手段の発達によって国家という、ものを分ける敷居のようなものが希薄化してきて、人類全体の人間と人間との接点が、国家という壁を通じての接点ではなく、じかに人と人、もしくは何らかの国家でない組織、もしくは意味においての接点というものが増えてきた、その結果相対的に国家が人と人の違いを表すという意味が薄れ、国家の必要性が薄れてきているわけです。 それがどうなっていくかというと色々な意味を持ってはいると思うのですけど、一番表れやすいのが国家という箱の中に入っていた、民族というカテゴリーなのではないかと思うのです。


  そしてその国家という概念の希薄化によってあふれはじめている、民族的な見方、方向性は、場所にもよるとは思うのですが、場所によっては結構露骨に表れてきていると思います、たとえばユーゴスラビアの民族抗争とか、あれなんかユーゴスラビアという国家としての意味の弱い国で、冷戦という国家権力の極大化が終わって反対に進んできたら、簡単に民族が出てきてしまったわけですね、ほかでも旧共産圏とか、あと案外テロリストというのもこの流れを利用して存在しているのかもしれない、国家から民族への移行を悪用しているようにも見えますね、テロリストは。


  まあとにかく、国家というものは相対的なものであるので、時には強く、そして時には弱くなるものです、たぶん今は弱体化が進行してきている時代であり、その内部にあるものが表れつつあるのだと思います、今までは国家だ何だといって見えていなかったものが、その蓋がとれてだんだん見えつつあるような、そんな状況でもあると思います。  


  その状況でどんなことが起きうるかというと、ありうるのが国家とその内部にあるものとの対立、民族で言えば民族と国家の対立というのはあると思います、よくよく考えてみるとチェチェン問題に対して、ロシアとアメリカが手を組んでいるのはそういう民族主義が国家主義の敵であるという共通認識があって、協力関係を結んでいるからかもしれません。 まあとにかく国家概念の弱体化による民族主義的な方向性というものは、人類の主権を国家から民族へと受け渡すことになり、当然国家が認めることはない、その抗争の現われが近年の於ける世界中の争いの原因であると考えれば納得できる、そういう意味では近年の抗争とは民族と国家との摩擦とも言えるかもしれません。


  さてそれで、日本はどうあるべきかと考えてみると、日本政府は冷戦の勝者側におり、また実態として冷戦の最大の勝者といっていい立場にいたわけです、だから冷戦を忘れられずあの世界観が頭から離れられない、今でも日本人で国家をイデオロギー論以外で考えれる人はまずいないだろう、多くの人がイデオロギー論を引きずったまま生きている、だが時代は勝手に変わるものであり、人間がどう思うかということは意味がない、当然日本人の硬直性は時代に引きずられるだろう、そしてそのゆがみによってカルト宗教や、国粋主義論が出てくるがそれは自己満足の追求がなぜかなせれないという欲求不満から来ている感情的なもの、感傷的なものに過ぎず、判断として完全に間違っている以上、それが成立することは無い。


  そしてその上でどう動くかみてみると、時代のゆがみが国家をつぶして日本人に状況を知らせようとすると思います、科学の世界というのはバランス定理というか、この世はバランスをとるためにある、みたいに見えるところがあるのでそういう見方からすると、国家制度の急激な崩壊というのを用意しちゃうんじゃないだろうか、そうすればわかりますからね、イデオロギー論しか知らない日本人でも、さすがに国家制度の崩壊が見えてくれば、国家が何であるかというイデオロギー論の無意味さに気づくはず。


  そしてそこから日本人もいいかげん、国家の時代の終わりというか、国家時代の弱体化に気づいて、日本国民ではなく、日本民族という視点に立ち始めるではないかと思います。

  
  まあ全体として、今の時代は冷戦の反動か、国家概念の弱体化というのが起きています、その結果国家内部にあるある種の集合体の活性化、表面化、と、すでにある国家概念との摩擦、ぶつかり合いのようなものがおきつつあるように見えます。 後はまあそれをどうするかということになるのですが、個人的には国家概念は負けを認め、時代の流れに沿うような形、意味を模索したほうが全体の活性になり国家のためにもなるとは思うのですが、多分そのあたりの調節の上手くいってる国、もしくは民族がこれからは上手くいくとは思うのですけど、、、日本はだめですね、このまま行くと日本は世界でもビリの方に行きかねない気もします、さてどうなることやらとは思うのですが。



  
    それでは今は週一回ですのでこれで終わりますが、次回はまた週二回になって来週の火曜になります、では次回まで。
  





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