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武士と軍人の違いについて、

    どうもこんにちは


  最近なんとなく思うのですが、そろそろ日本政府も終わりが近い様な感じがします、なんとなくなんですけどね、なんというか引き返せないラインを超えるんじゃないかなと思います、例えばこのまま社会保障政策がぐずぐず崩れたら、日本人は日本政府を見限りますよね、生活が出来なくなりますから、そうなると日本人が日本政府を見捨てはじめるわけで、その動きがそろそろ起きても不思議じゃないなと思います、もちろん政府が本腰を入れて問題解決をすればいいのですが、今の政府与党は権力の私物化が進みすぎていて、国民のことなど考えていないので問題解決はしないでしょう、となるとこの流れは止まらない、それがどこへ行き着くのか?、そろそろその辺りの事を考えてもいい頃になりつつあるようにも思えます。



  さて、それはいいとして今日は、武士と軍人の違いについて、ということでも、少し前に考えたことなのですが、武士と軍人て似ているようで違うな、そんな事を考えた事があるのですが、それでその違いというものが日本の歴史において結構大きな問題になっていたのではないかなと思えたので、まあそういうことでも書いてみようかと。


  それで、武士と軍人の違いについてということなのですが、武士も軍人も軍事的意味を持つという面ではよく似ていると思います、ただし武士は政治家であり、官僚でもある、そういう政治的立場にいるうえで軍事というものを行っているのに対し、軍人は政治家でもなく、官僚でもなく、政治的立場にいるわけではないが、軍事というものを行っている人なわけですね。 その二つの違いというものはようは政治を行いつつ政治上必要な軍事を行っている武士に対し、軍事だけを行っている軍人、この二つはよく似ているようで立っている所は全然違う。


  武士と軍人の違いというものは根本的には、西洋でいえば騎士と傭兵の違いに近いものではないかなと思います、統治者である騎士と、雇われているだけの傭兵、傭兵は軍事的意味は騎士並みに持つが、政治的意味は騎士に比べるとほとんどない、それと武士と軍人との関係はだいたい同じものだと思います。 


  私は大きな問題というものは、だいたい大きな錯覚から生まれるものだと思っています、そしてこの武士と軍人の違いというものが、なんとなくなのですが昔の軍事政権の問題点の原因にあったのではないかなと思うのです。 昔の軍事政権は軍事が政治を行っていたわけですが、しかし上で書いたように軍事には政治的意味は無い、なぜかというと政治上の軍事というのは成り立つが、軍事上の政治というのは成り立たないから、つまり、経済や社会等があってその力を得て軍事はあるわけです、逆に軍事があって経済や社会があるということはない、そもそも軍事というものは派生的に発生しているもので、それほど根本的なものではない、ただ人類の経済や社会があまりに大きくなったので、その影響を受け軍事というものが大きくなったため、軍事というものが根本的な意味があるように見えるが、軍事というものは根本的な意味は持っておらず、あくまで派生的な表層的なものに過ぎない。


  そしてそういうものが昔は政権を握っていたわけです、その原因は武士と軍人の混同にあったのではないかと思います、それが日本人の錯覚からきているのではないかと。 他の国を見てもそうなんですけどね、例えばドイツとかでも軍事力と騎士とか領主を混同していたから、ナチスのような事が起きたのではないだろうか、武を尊ぶ民族性のある国では、武が国を統べるという感覚が強い、優れた武人は優れた統治者でもあるという感覚がどこか強いのだろう、だが、近代において軍事というものは、完全な専門性を持った道具として特化されており、人間的意味が入り込む余地はなく、軍事はただ軍事をするための軍事という狭いものになっている、そういう狭いものが出来る人物は、優れた武人というよりは、優れた傭兵といった感じのもので、統治者としての面や、政治的な面はなく、そういう方面に対してはだいたいにおいて無力であり、無能である。


  わたしが感じるのはこの錯覚、

    優れた軍人=優れた武人であり統治者、
  
  ではなく実態は、

    優れた軍人=優れた傭兵、

  という二つの認識のギャップ、それが昔のドイツのナチであり、昔の日本の軍事政権だったのではないかなと思います。 だから昔のナチスドイツはドイツ人を幸せにせず、昔の日本の軍事政権も日本人を幸せにはしなかった、なぜかというと武士と軍人は違うから、武士は統治者としての面があり、人々の未来を作る力があった、しかし、軍人は傭兵のようなものであり、傭兵が人々の未来を作ることはなく、部分的には意味があったかもしれないが、全体的には破滅的状況しか作れなかった、人々を救うをことは軍人には出来なかった、いやそもそもは軍人というものは人々を救う意味など持ってなかったと言う方が正解かもしれませんが。


  全体的に武士と軍人の違いというものは、大きな錯覚であるということ、特に日本のような武を尊ぶ習慣の民族では、この大きな錯覚に陥りやすい、いまや軍事というものは専門性の高いものであり、昔の感覚でいえば傭兵に近いものになっている、軍事的にどこまで専門性を高められるかと考えていった結果、軍事には武士のような社会的面、統治者としての面は完全になくなっている、いわばただの道具としての意味しかないと考えていい。 特化された軍事というものは、もはやほぼ統治者としての意味は持っていないのだが、いまだに武士の名残のようなものを軍事というものに対し人々は感じてしまう、しかし武士と軍人は全然違うものであり、その二つを混同した錯覚は、多くの場合国を滅ぼし、人を殺し、何も生まぬ破滅へとしか進まない。

  日本人はこの錯覚に気づいているだろうか、また、昔の軍事政権の問題が、この錯覚によるものだということも見えてるかどうか、この国がもし昔の様な軍事化の道を進むとすれば、それは、あれだけの目にあったのこの事がわかってなかったということになるんでしょうかね。




    それでは、今は週二回ですので次回は木曜になります、では次回まで。





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