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社会が変化しすぎる、という問題をどうするか、

    どうもこんにちは


  私は最近、「涼宮ハルヒの憂鬱」というライトノベルをよく読んでいるのですが、まあ、スニーカー文庫から出ているようなものなので、あまり一般的ではないのですが、読んでいて、この作者の谷川流さんという方は私とよく似た人なんじゃないかな、という疑惑がわきます(疑惑とはいわないかな?)、なんというか文体が私とよく似ていて、例えば、「それはそれとして」とか、「??が、あった、」見たいに「、」の点の使い方がちょっと妙とかね、あとは私の好きな作家、レイモンドチャンドラーとか、SF作家のフィリップ・K・ディックの真似とか、主人公の涼宮ハルヒの性格が、たぶん椎名誠さんをモデルにしているとか、SOS団というのは多分椎名さんが主催していた、「怪しい探検隊」をモデルにしているような気がするとか、、、、 と、そんなこんなをかんがえつつ、読んでいくと結構楽しいのですけど、まあ、内容的には、SFですしライトノベルなので、一般的ではない面もありますが、読んでみると結構楽しいですね、この作家さんの将来が楽しみです。


  さて、それはいいとして、今日は、社会が変化しすぎる、という問題をどうするか、という事でも、自分で言うのもなんですが、「、」の点の使い方が大盤振る舞いですね、もうちょっと減らしたほうがいいのでしょうけど、まあそれで、最近の社会変化、ものすごいものがあると思います、確かに変化していくのは悪くはない事でしょうけど、しかし、し過ぎてしまえば負の面が出てきて、結果として変化を維持するだけの余力が全体から奪われてしまう、そうなってしまえばもう変化は出来ない。 つまり、変化が過剰であれば、それは変化というよりは死に近いものであり、死に近づく道を人が選ぶのは得策ではないでしょう。


  ならばどうするか?、私は分離すべきだと思うのですね。 今までだと日本人全体が変化しようとし、そう考えることが出来た、それはなぜかといえば明治維新や戦争に負けたことによって、日本にある多くのものが失われ、結果として土台になりうるものがなく、すべてもしくは多くのものが、原点に近い形に存在した上に社会を作ったので、社会変化がたとえ起きたとしても、何もないところにブロックを積むような安定感があった。 しかし今は、戦後という時代があり、その世界、人々がいる以上、ブロックを積むという例えで言えば、ある程度積まれているブロックの上にブロックを積むという、昔に比べると難しい状況に今の日本はいると思います。


  ですから、昔のような全体的に変化を起こすというのは、今まで積みあがったブロックを崩すことと、その上にさらにブロックを積むことを同時にやろうとするようなことで、それは成り立たない、そこら辺が今の時代の複雑さの要因ですが、まあ、別の例えだと、平屋の家で何にも考えずに、二階を増築すると、その重みに一階が耐えれなくなり、全体が倒壊する恐れがある、つまり変化というものが、起こしづらいところに今の日本はいて、それでいて大きな変化が起きつつある、この二つの問題をどう両立するか、微妙なバランス感覚が必要になると思います。


  変化というものが起き過ぎる、それを放っておけば全体の崩壊になる、しかし誰もこの問題に気づいていない、今までの延長上でしか人は考えないもので、今までの変化による社会変化と、これからおきつつある大きな社会変化が同じものであり、同じようになるとしか考えていない、変化がただ良かったのは昔話で、今では変化に対して慎重さが求められ、単純に変化がよいものだということにはならない、それはたとえれば、子供は変化の連続でもいいが、大人が変化の連続にあえば、ずいぶん困ったことになるのと同じで、今の日本はむかしのように、原始的概念で動き回れるほど、体が軽くはない。


  変化を起こす必要性と、変化を起こす弊害とが、同時に増加していく状態、今の日本はこの二つにはさまれているのではないでしょうか、確かにその状態は閉塞的であり、閉鎖的であるでしょう、しかしその問題が、原始的な動きで解決できない複雑で高度な問題であるのならば、閉鎖的だから思いっきりやればいいものではないことはわかると思います。 昔とは違う、それは良かれ悪かれ、起こることであり、また、本質的にはむかし使った手は今では通用しない、今は別の手を用意しないといけないという、方法の転換の要求でもある、と認識しなければいけない、そういう状況ではあると思います。


  全体的に、過剰な社会変化と、それに対応できない非常に多く、そして大きなもろもろの存在、その二つの両立がない限り、この国は危険な状態に陥るでしょう、どっちがではなく両立が出来なければならない。 じゃあどうするか?、そこで必要になるのが合理性、日本人が一番苦手なものですが、つまり、いかに合理性を持つかがこの国の鍵であり、過去と未来を融合していくためには、合理性という接着剤、もしくは触媒というものを、日本人はもたねばならないのだと思います。




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