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国家の会社化、

    どうもこんにちは


  そういえば、サッカーは負けたようですね、今回はあまり興味がわかないので、よくわからないのですが、どうも最近サッカーに対する興味がなくなってきて、どこかの星で起きたことくらいに、私にとっては遠い存在になりつつあります。 さて、それはいいとして、今日は、国家の会社化、という事でも、どうも今回の書いていることは全体的につながりがあるようで、先週に書いた、日本政府の機能停止という文章から、おととい書いた指針法の制定、までの内容と今日の国家の会社化という内容はつながりがあって、それは時代変化にどう国家という形を変えていくかという共通のテーマで、例えば、冷戦時代の国家と、これからのネットワークの発達した時代の国家とでは、やはり全然違うものになるのではないかと思うのですね、そのためには日本という国の形も変えなければいけない。 


  まあそれで、これからの国家の役割、あるべき形、そういうものを模索して行った時にあるのが、会社のような形、今までの国家という形ではなく、会社のような要素を含んだ国家、そういう形を目指すのがいいのではないかなと思ったので、書いてみようかと。



  それで、国家の会社化、ということで、まず、今までの国家というものはなんだったかということを考えてみて、まあ、冷戦時代の国家とは、いわゆるイデオロギー、思想とか体制とか、そういうものを軸に置いていたと思うのですね、それは別の言い方をすれば、意味としての国家、つまり国家とは何であるかという意味を追求した結果としての国家の形、それが冷戦時代の国家だったと思うのです。 しかし、冷戦は終わりこの形は崩れ、現状で国家に問われているものは昔とは違うと思います、いま問われているのはどちらかといえば、国家の意味ではなく、国家の機能ではないか、そんな気がします、そしてそれは、大きく見れば国家というものが会社のような、実用性を問われている、そういう側面が増えてきているのだと思います。



  そもそも国家というものは、相対的なもの、わかりやすくいうとゴムのような柔らかいもので、絶対的にこうだというのではなくて、周りの状態によってグニャグニャ変わるものだと思います。 そういう風に考えてみて、今の状況はどうであるかというと、ネットワークが発達した事によって、人のつながりが国家外にもつながるようになったことと、冷戦が終わったことにより対立軸がなくなり、国家概念が希薄化した、という二つのことによって、人間の国家依存が低下し、国家がすべてという考えではなく、国家は選択肢の一つのように考えるようになってきた、そういう人類の状況が、国家にも影響を与え、結果として国家の意味を深く考えることがなくなり、国家の利用度の方を見るようになった、つまり、利用できる国家か、という考え方がだんだん強まっているような、そんな風に感じます。



  そこでやはり国家というものも、そろそろ会社的な概念を取り入れ、時代に即した柔軟性を持って、対処すべきときが来たのではないか、そう思えるので、そこで今まで書いてきたことが成り立つのです。 つまり日本の場合、借金が多いので、破産処理をしないといけない、が、それが結果として、国家の会社化のような意味を持てば、破産も悪くはない、破産でもしないとやれないことでもあるので、その上で、指針法のような法が、国家に会社のような柔軟性や、合理性をもたらせれば、うまくいけばこの国もひっくり返らないかな、という夢物語をちょっと考えているのですが。



  ただまあ、そう上手く行くものでもないですし、私の考え方も、一つの方向性くらいに考えてもらえるとありがたいのですが。 全体でいえるのは、冷戦が終わって、楽になったのではなくて、別の問題が発生した、と考えて今の時代や時代変化というものをみて手を打ったほうがいいのではないか、と言う事なのですが。 例えば、昔ならイデオロギーの対立があったから出来た事も、その対立が終わればそれができなくなるわけで、今までの冷戦時代なら、国家が国民を縛り付けるようなことはできましたが、国家間の対立がなくなってきている今の状態ではそういう事は、段々出来なくなってきている。 ならば国家はどうあるべきか、国民を縛り付けれないならば、国民をひきつける魅力のある国家でなければいけない、そうでなければ国民自身や、国民の資産は去ってしまう。



  それで今の日本の話に戻ると、今の日本は借金があり、体制の崩壊の危険性がありますが、逆に言えば国家体制を作り直しやすいところにあるともいえる、安定した体制をわざわざ壊す人はいないですが、いまの体制なら壊して作り直そうといえば、賛同する人は多いはず、ならばそのついでに、時代に即した新しい形というものを、作ってみるのもいいかもしれない、というのが、今まで書いてきた話の流れなのですが。 ただまあそれができるのかとか、そんなことができる人がいるのかといわれると、うーん難しいですね、可能性はなくはないですが、運がよければって感じでしょうかね、やっぱり。





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