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法律と現実の狭間

    どうもこんにちは


  最近は、多少梅雨らしくなって、天気を司っている神様も、ほっと一安心というところですが、問題は少し前に、うちの近所で鳴いていた、あのセミたちはどうなるのか、何とか生き残ってくれる事を望みますが。 さて、それはいいとして、今日は、法律と現実の狭間、ということでも、タイトルはかっこいいのですけど、中身はそうでもなくて、ようは前回に書いた事の続きに近いようなもので、前回は、憲法を変えるということはどういうことか、ということを書こうとして、前提条件を書いて終わってしまったのですが、本当に書きたかったのは今日の内容で、つまり、法律というものは、法的な考えの上にあるもので、それは、理論的な思考が主になりやすいものであるわけですが、しかし、そもそも法というものは、現実的な意味をもたせるものであり、理論的なものではないわけですよ。 そうなると、法律と現実の狭間、それは言い替えれば、理論と現実の狭間、そういう状態を法律は、人に対して作ってしまうのではないかな、と思ったので書いてみよかと。


  法律と現実の狭間、どうも言葉自体がかっこいいので、なんとなくタイトルと内容がずれているのですけど、私がこういうことを考えるようになったのは、憲法改正の議論で、改正の理由として言われている、こうだから改正しないといけない、という話の殆どが、法律論に終始していたのですね、なんというか、法律がすべてだみたいな話が多くて、そもそも法律というものは、現実にあったものを、最終的にまとめたものなわけですから、根底にあるのは現実であり、法律ではないという事、それがどういうわけか、憲法改正の話だと、憲法がすべてを変えたり、憲法が根本にあるという話が多すぎるように感じたので、それは考え方として、かなりまずいのではないかなと思ったのです。


  最近の法律は、ほかの法律についてもそういう考え方が多く、例えば、共謀罪とか、前の家電の中古販売とかの法律についても、現実を見ておらず、法理論的にしか考えていないように見えるものが多いように思います。 理論的に正しければ、現実的にも正しいという考え方が、この国の政府は強すぎるように感じますが、それは明らかに間違いでしょう、多分、そういう考え方から生まれた法律で、人々が生きようとすると、まともに生きれないのではないでしょうか。 法律と現実の狭間、というのは、つまり人の立っている場所のことなのですけど、法律と現実の間、その間に人は立っているわけですが、なぜか政府は法律についての考え方のみについて考えていて、それ以外について、ものを言う事がない、それがどうもおかしいような気がするのです。


  例えるのなら、法律というところから、国民に対して、ボールが投げられてくる、国民はああそういう意味で法律があるんだなと、正面ですからその法律のボールを見ることができる、しかし、その投げられたボールは、国民の後ろにある現実という壁にぶつかって、不規則に反射をしてくる、それを国民はよける事はできない、何故なら、背後から不規則に来る攻撃をよけるのは至難の業だから。 本来国民は、法律と現実の狭間にいるのだから、法的な観念より、その法律の現実的影響のほうが大事なはず、しかし、政府の対応、反応をみる限り、そういうことは殆ど考えていないように見える、つまり国民のことなど何も考えていないように見える。 ただ、ただ、権力者としての自分に酔い、法律を何でもできる魔法の杖かなんかと勘違いして、振り回している、 正直その杖を奪って、ぶん殴ってやりたいところですが。


  そういう問題は、たとえば、憲法の話でもそうで、改正した事がどうなるのか、その点を考えていない、別の考え方で言えば、考えに広がりがないというかな、上の例えでいえば、たとえば憲法改正なら、その憲法改正というボールがどうであるかではなく、そのボールが、現実という壁にぶつかってどう反射するか、それが生きている人間にとっては一番大事なことなわけですよね、しかし、そういうことは議題にはあがらない。 憲法改正をすれば、外交関係もかなり変わるし、また、今のような財政状態だとどうなるのか、軍事化をすると増税になるのかとか、そういうことを本来は言わないといけないのにあまり誰も言わない。 法を変えるということは、法という理論自体はあまり意味がなく、法という変化の要素が、国民や社会にどういう変化をあたえるのかが大事なので、そういうシミュレートをして、国民に対し提示するのが、政府の義務であるはずが、 それを怠った上でなぜか、矢継ぎ早に法を変えようとする、これでは国民を騙して何かしようとしていると、勘ぐられても仕方があるまい。


  法律と現実の狭間に、国民は生きているわけで、法律を変えるというのなら、その変化によってどう現実が変わるのかを、政府は考えなければならず、また、説明をしなければならないが、現状ではしてはいない。 していないのなら、法律は変えてはいけないし、作ってもいけないのが、国民と政府との契約ではないかと思うのですけど、それが守れないのならば、国民は政府を見限るだろうし、それでいいのだろうか。
  

  まあ案外、日本政府は実はもう、アメリカの新しい州のひとつになっていて、立法の権限は、アメリカ政府が全部握っているので、こうなっているのかなという気もしますが。  






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