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    どうもこんにちは


 


  最近は世の移ろいもなんだか激しいようで、実は前回と前々回に書いたテロとの戦いについての文章は、本来ならば安部政権を叩くために書く予定だったのですが、いつの間にか福田政権になってまって、どうもはずしたなと思っているのですけど、まあ8月の終わりに十月の月末のブログの予定を立ててた私がおかしいといえばおかしいのですが、なんだか空振ってしまいましたね。



  あとはそういうえばなにか証人喚問のようなものがあって、守屋という人物が接待を受けていて、それがインド沖の洋上補給とからんでいて、それで証人喚問があったらしいのですけど、


  色々見てみるとあんまりぱっとしなかったようで、あんまり効果はなかったようですね、



  そもそも今問題になっているのは、自衛隊が補給したのが20万ガロンではなく80万ガロンだったということに対して、情報が政治家のところまで上がっていなかったということが問題になっていて、そのあたりのつるし上げのようなことをしているようですけど、 ただこの話は変ですね、



  何が変かというと、そもそも当時20万ガロンといったのは、共産党の人が自衛隊のインド洋沖の派遣がイラク向けではないだろうかという質問に対して、20万ガロンしか補給をしていないので、イラクまではたどり着けないという答弁をするために、20万ガロンといったわけで、つまりこれを正直に80万ガロンとっていれば、このテロ対策特別措置法はその時点で憲法違反となり、つぶれていたわけです、つまりこの時点で役人が嘘をつくメリットは小さいか、もしくはその当時の小泉福田石波の三人よりはメリットが小さかったはず、つまりこの時点で80万ガロンと公表されて困るのは役人ではなく、自民党の連中で、もしばれていたら小泉政権は終わっていたでしょう。



  それを一人の役人のせいにしているね?、まあそれが悪だとしても本質的な問題からは目をそらしている、これはなにか作為があると見たほうがいい、何らかのプロパガンダでもあると思う。



  そもそもNGOのピースデポさんが指摘しているように、自衛隊がアメリカの補給艦に補給をして、それがイラク戦争に参加している艦艇に使われている実態があるわけだから、そっちのほうが問題なわけですよ、癒着とか腐敗の問題もあるけど、一番大きいのは平和憲法に違反していることが悪いわけで、そしてそういう憲法違反の法律を成立させた自民党が一番悪いわけです、



  情報がちゃんと出てこない軍事活動、それを行えば憲法違反になるのは分かっていたはずで、今までのPKO等の活動はそれなりに情報公開をしていたと思うのだが、この洋上の補給に関しては情報公開をちゃんとしていない、つまりこの法案自体が法的に不備のある法であり、この法に情報公開規定を設けておけばこういうことは起きなかったはずだ、つまりこの法を制定した自民党に全責任がある。



  政治家とは立法を行うのが仕事なのだから、まず問われるべきは法の不備の問題であろう、法律の不備がなければ問題行為もできないのだから、起きた問題だけを追うというのは、本質を見誤るのではないだろうか、


  まあとにかく、この問題は全責任が自民党にあり、立法を行う政治家がまず責任を取るべきだろう、でたらめな法律を作っておいて人のせいというのは問題だ、法治国家であるならばまず法的問題を審議すべきであり、個人的な問題を追及していくということは、かえって問題を悪化させるのではないか、と思えます。


  


 


    
  さて、それはいいとして今日は話ががらっと変わって、努力という消耗ということでも書いてみようかと、今までの世の中ですと、努力、努力、とがんばっていればなんでもうまく行くという意見が多かったですけど、しかし今の世の中を見てみると、努力というのはかなりいびつな行為にも見えるのですね、それほどまっとうなことには見えない、 それでまあそれはなぜなのかなと思って考えてみたので書いてみると。



  それで努力という消耗ということで、今までは努力のプラス面が最大限に評価されていたのですが、しかし今現在、さて努力をして世の中がよくなるか?、そう考えてみると多分よくならないでしょう、


  それはなぜかというと、今までは努力をする意味があった、努力をすることが全体的な意味を持つことが多かった、しかし今は努力というと、どちらかというと個人的な趣味や欲望であることが多い、そういうことである以上努力をしてしまうと変な話ですが、誰かの迷惑になる可能性がある。




  つまり、努力というものが害になりつつある面もあるわけで、昔のようながんばったらどうだという話にはならない、今は力の強さよりバランスの良さのほうが問われているので、力を強めていく方向性というものはあまり評価されない。




  そうなってくるとどうなるかというと、努力というものがただの消耗になる恐れがある、つまり意味がないのに消耗だけをするものになる恐れがある、


  もちろんやり方次第だし、ものによっては全然違う、しかしある程度の場合においては、努力がただの消耗にしかならないことも多いと思う。




  やはり今の世の中は単純論が成立しづらくなっているのか、みんなが努力をしてみんながうまく行くという形はない様に思える、どちらかというと努力の種類を問われることが多くなってきているように見える。



  よってこれからは、すべてではないにしろ努力論というものはある程度封印して考えていったほうがいいと思う、別にがんばることが悪いわけではない、しかしやり方によってはただの害になることがある以上、単純にはできなくなってきていると思います、


  そしてその点、今の政府の言う、頑張るか頑張らないかという事で色々なものを評価しようとする考え方は、ただの弊害になる可能性が高い、そして今までの戦後の努力論的世界も、これまた害になる可能性が高い、



  今問われているのは、量より種というかな、努力にしても方向性の吟味としての努力を問われていることが多いので、がんばった努力というとこの形から外れてしまう、 今までの努力論は何も考えずがんばれという話が多かったですが、これからの努力論は何をするか考えるために努力をしろ、と、意味と目的が逆になっているので、このあたりを良く考えておかないと、いくら頑張っても努力という名の消耗になってしまうのではないかと思います。


 


 


 


  (//うーん、今読み返してみたのですけど、やはり予定が狂ってますね、私の予定だともうテロ対策特別措置法の話題は終わっているころだろうと思っていたので、また空振ってしまったようで困ったものです、来週も続いていたらどうしよう。//)


 


    まあとにかく、今は週一回ですので、次回は来週の水曜になります、では次回まで。


 


 


 

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