09 月<< 2006年10 月  12345678910111213141516171819202122232425262728293031  >>11 月
 
    どうもこんにちは


  最近北朝鮮の事を考えていて、ふと気づいたのですが、もしかすると北朝鮮はアフガニスタンと同じ意味なのではないかなという気がしました。 つまり戦端を切り開くための火付け役として存在しているのではないかなと、なぜかというと、ちょうどアフガニスタンと北朝鮮はよく似ているのですね、例えば攻め落としてもメリットがない、が、大義名分はある程度はある、アフガニスタンならテロリストが一応はいたわけだし、北朝鮮ならミサイル等の問題がある、しかし北朝鮮アフガニスタンともたいした国ではない。 そしてそういうメリットの小ささは、戦争のしやすさでもある、メリットの少ない対象への攻撃なら反発も少ないので戦端を開きやすいという事でもある、それで戦端を開いた後、戦争の目的を本来の目的に向けると、それがイラク戦争だったわけです。


  となると北朝鮮問題は日本の戦端を開いて、それを西にずらし中国との戦争へと進ませるのが目的とみていいでしょう、北朝鮮は攻めてもいいように見える要素が多く、例えば内部的問題、攻めてもメリットがないとか、軍事的問題性とか、そういうのがあるわけです、しかし攻めたとたんそれを中国に向けるでしょう、一回始まってしまったら止まりませんから、そのあたりを狙っているのではないでしょうか、そもそもミサイル防衛自体中国向けだった事を思い出すと、北朝鮮をそのためのだしに使っているのは明白ですからね、そうなるとだいたい北朝鮮問題が軍事的になりはじめたら、自民党議員の物理的除去、日本政府の財政破綻への誘導を考えなければならなくなるのでしょうかね。



  さて、それはいいとして今日は、軍事力は万能ではない、ということでも、最近の日本は軍事的な考えが強くなってきていますが、しかし軍事というもの自体をよく考えている人は少ない、軍事とは何か?、それを考えないでイメージだけで軍事というものを考えている。 しかしそれでは、実際の軍事とはかけ離れた事を考える事となり、軍事というものの意味を認識しないまま軍事というものをすれば、昔の孫氏の兵法にあるように自国の破滅への道にしかならないだろうと思います。 それで私も専門家ではないですが、軍事というものにあれこれ考えてみたので書いてみようかと。


  軍事力は万能ではないというのは、軍事というものの性質、力を絶大化して行くという方向性、力の絶対化というものが軍事なのですね、方向性としては軍事というものはそういうものなわけです。 しかし力を絶対化していくということは、その分何かが失われるわけで、私はその失われていくのは意味であり、軍事というものは特化すればするほど、意味が非常に薄くなってくるものだと思います。 


  そういう存在が全体的に見たときに、どういう意味を持ちどう使うべき物になるか、というのが軍事というものの捉えかたとしては良いと思います、一般的な考えだと、軍事兵器の動いている映像イメージとか、後は前回書いたような国家の構成要因としての意味とか、そういう風に考えてしまう事が多いですが、そういう風に考えると軍事というものはわからなくなってしまう、私の捉え方だと、軍事というものは、力が強いが意味の薄い、例えるなら刃物のようなもの、そういう物が国家という全体においてどういう意味を占めるのがよりベターなのか、という風に捉えるのが私は良いのではないかと思います。


  そしてその意味において軍事とは何であるかというと、局所的な対処法として使うべきもの、つまり全体的に万能な意味では使えないものと認識するのが良いと思います、判りやすくいうと一般家庭での刃物の存在意味に近いと思います、例えば大型の刃物というものはあまり使わないですよね、よく使うのは小型の刃物、例えばはさみとかが多いわけです、またたとえ大型の刃物を使うとしても注意深くそして何らかの制約の中で使うのが普通です、それと同じように、軍事というものも通常は最小化して使い、また規模を大きくしても制約や注意深さというものを求められるものです。


  しかし今の日本人の感覚だと、軍事拡張という意識しかないわけです、軍事制約という意識が低い、軍事は万能であるかのような幻想を抱いている人物が多い、しかし、軍事というものは制約があってはじめて成り立つものであり、制約のない軍事は軍事としての意味は持ちません、軍事というものは制約の中で適所に使うべき狭い意味を持った道具であり、全体的な意味を持つものではないのです、つまり非常に小さなものでもあるのですよ、もしくは小さなものでないと利用できない、使えないものと捉えてもよいと思います。


  つまり軍事というものは国全体から見れば、国というものが持つ刃物のようなもので、国全体にとっての利用性というものを第一に考えなければならないものであって、軍事というものを単独に第一に考えるというのは不可能であり、あくまで国にとっての補助具としての意味として考えるべきでしょう。 その上で軍事の使い方というものを考えていくと、たとえるなら、包丁で大根を切るとき、どう切るか判断するのは人間ですよね、しかし切るのは包丁である、その関係と、国と軍事の関係は似ていて、実際に動くのは軍事かもしれませんが、軍事というものは意味が極めて薄いものであるので、判断はほとんどを国が全体的にやらないといけない、極端にいえば軍事というものは、物と化した物理的意味しか持たない道具、主体性を持たない物質、と考えてもそれほどは間違ってはいないと思います。


  全体的に、軍事力は万能ではないというのは、軍事というものは力を強化した分意味を極限まで薄くしたものであり、万能な意味は持たないということ、軍事が意味を持つためには刃物の扱いと同じように、制約をどうするかが重要になるという事、また軍事というものは極限まで意味を薄くしたものであるので、それ自体の主体的意味は持っていないことに注意をすること、つまりただの道具であり、軍事をどう使うかというのは別のところで判断をしないと必ず失敗するということ、こういう制限の中で軍事とは何であるか、軍事はどう使うべきかと考えるべきであり、一般的なイメージの、軍事というものが警察のように全体を守ってくれるものだ、万能なものだ、と考えていると、まったく逆の結果を生むことになりますよ、というのが軍事力は万能ではないという意味なのですが。





    さてそれでは、今は週二回ですので次回は来週の火曜になります、ではよい週末を。






関連記事




  • このエントリーのカテゴリ : 未分類
 

文字を大きく・小さく

     

    プロフィール

    ryuuguunotukai2

    Author:ryuuguunotukai2
    政治などの記事を書いています、少しでもいい世の中になればと思いつつ全然ならないですね、まったく。

     

    カレンダー


     

    黒ねこ時計 くろック E01

     

    最新の記事(全記事表示付き) *frame*

     

    検索フォーム

     

    カテゴリーメニュー

     

    月別アーカイブ(タブ)

     

    全記事表示リンク

     

    天気予報


    -天気予報コム- -FC2-
     
     

    アマゾンの本、

     

    PR

     

    PR

     

    PR

     

    PR

     

    里親探し

     

    PR

     
     
     

    本の紹介、

     

    楽天のお菓子、

     

    お茶とコーヒー、

     

    PR